中国のワクチン工場から漏出したブルセラ属菌で集団感染事例の発生

掲載日:2020.11.02

9月16日の各メデイアから発出されたニュースによると、昨年7~8月に中国甘粛省にある動物用ブルセラ病ワクチンの製造工場から漏出したブルセラ属菌により、周辺住民ら3,000人以上が感染したとのことでした。工場のずさんな管理に加え、地方政府の隠蔽体質が浮き彫りになりました。読者の皆様の中には日本での現状について懸念を持たれているかもしれませんので、今回はヒトのブルセラ症の発生状況と動物用ワクチンについて解説したいと思います。

ブルセラ症はブルセラ属菌による人獣共通感染症で、現在、世界で50万人の新規感染者が毎年発生しています。ヒトに病原性を持つ主なブルセラ属菌は、Brucella melitensis(自然宿主:ヤギ、ヒツジ)、B.suis(ブタ)、B.abortus (ウシ、水牛)、B.canis(イヌ)です。通常、潜伏期は1~3週間で、軽症では風邪様の症状を示します。発熱は主に午後から夕方に認められ、発汗とともに朝に解熱します。このような発熱パターンを間欠熱と呼び、数週間続いた後、症状の好転が1~2週間認められますが、再び発熱を繰り返す波状熱が特徴です。未治療時の致死率は5%程度とされ、その大半は心内膜炎です。

日本でも過去に家畜法定伝染病である牛や豚のブルセラ病が流行していましたが、摘発淘汰方式により撲滅を図り、現在ではほとんど発生はありません。つまり、血清反応で陽性であれば淘汰するという方式です。図1は1937年から2013年までの主な感染家畜である牛におけるブルセラ病の発生状況で、直近10年間で毎年、約25万頭の牛を検査しての摘発率は0.0002%と極めて低いものでした。一方、ヒトでの発生を見ると、1933年に京都でB.abortusによる女性の感染事例が最初の報告でした。その後、1933年から1962年の間に男性34人、女性16人の50例が確認されています。内訳は海外で感染した輸入症例が3例、検査担当者の実験室内感染が13例、その他の国内感染例が34例で死亡が6例でした。1999年に感染症法により医師の届け出が義務化され、2018年以降、ブルセラ症患者は43例届け出されています。内訳は14例が家畜ブルセラ属菌の感染で、29例はB.canisの感染でした。現在、家畜ブルセラ病はほとんど発生がないため、国内でのヒトの家畜ブルセラ菌感染事例は輸入症例となっています。なお、B.canisによる感染は国内事例であり、今後、何らかの対策が求められる可能性があります。

家畜のブルセラ属菌は非常にヒトに感染しやすく10~100個の菌で感染すると報告されています。感染動物の加熱不十分な乳やチーズなどの乳製品や肉の喫食による経口感染が一般的とされています。また、流産時の汚物への直接接触や、汚染エアゾルの吸入によっても感染します。日本では家畜ブルセラ病はほとんど発生がありませんので、畜産物からの感染はほぼないと思われます。また、仮に万が一生乳が汚染していても、生乳中の菌は62.7℃で30分または71.6℃で15秒の加熱で死滅します。日本では市販牛乳は加熱殺菌されていますし、国産のフレッシュチーズの原料となる生乳も加熱処理されているので、市販牛乳や乳製品から感染するリスクは非常に低いことになります。

家畜のブルセラ病の予防には世界的にワクチンが使用されています。家畜に使用されるブルセラ病ワクチンには、弱毒生ワクチンと不活化ワクチンがあります。弱毒生ワクチンには、主に製造株が19株とRB51株が用いられたものがあります。19株の方がRB51株より病原性が強いと言われています。不活化ワクチンは45/20株の加熱死菌を用いたものです。今回の中国の工場でどのようなワクチンが作られていたかは明らかにされていません。また、漏出したブルセラ属菌もどのワクチン株なのかは不明です。日本では昔から家畜にワクチンを使用したことがなく、先に述べたように摘発淘汰方式が採用されています。これも発生数が少ないからできる方式です。最近、日本では牛での摘発率が非常に低いことから(図1)、国際機関であるOIEによる清浄化宣言ができるように撲滅対策が進められています。図2に清浄化に向けたロードマップを示しました。2018年から2020年まで集中検査を実施しているところです。近い将来、日本には家畜のブルセラ病がないとのOIEによる清浄化宣言がなされるものと期待しています。繰り返しになりますが、日本では家畜ブルセラ病のワクチンは使われていませんので、当然、ワクチンも製造されておらず、今回の中国のような事例は起こりません。どうぞ無用な心配をしないようにお願いします。

 

なお、ブルセラ症に関しての詳しい情報は以下の総説で得られます。

 

今岡浩一:ブルセラ症の最近の話題.モダンメディア 55:18-27, 2009.

https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM0903_03.pdf

今岡浩一:ブルセラ症.日本獣医師会誌 72:6-12, 2019.

 

 

農林水産省

 

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