新型コロナウイルスは男性を好む?-病気の性差を考える-

掲載日:2020.11.16

子宮がんや精巣がんのように女性や男性に特有の病気があるとともに、高脂血症や白内障などは女性に多く、痛風や尿路結石などは男性に多いことが知られています。また、感染症の原因となる多くの病原体は女性より男性で重い病気を起こす例が知られています。例えば結核で死亡するのは、男性で女性の1.5倍ですし、ヒト成人白血病(HTLV-1)に感染している場合、成人T細胞白血病に進行する頻度は、男性で女性の2ないしは3.5倍です。このように病気によって女性や男性により重篤な影響を与えることが知られています。今回は感染症、特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感受性に性差があることについて考えてみたいと思います。

現在、COVID-19が世界的に蔓延していますが、COVID-19で死亡する割合を男女で比べたところ、男性の方が女性より高いことが中国やイタリアのデータから明らかとなっています。武漢市でCOVID-19の感染者が初めて確認された2019年末から2月11日までの44,672件の確定症例を分析したところ、男性の致死率(疾病に罹った個体の内、一定期間内にその疾病が原因で死亡した個体の割合)が2.8%だった一方で、女性は1.7%だったことが分かりました。また、イタリアの国立保健研究所によると、感染者の致死率は男性が10.6%で、女性は6%となっており、男性が女性より重篤な影響を受けることが分かりました。一方、私が見る限り日本の発生状況に関する公表されたデータではあまり性差に注目して解析されたものが少ないようです。その中でも「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き」(第3版)(https://www.mhlw.go.jp/content/000668291.pdf)によれば、PCR陽性者29,601例中、男性が16,901例、女性が12,697例、不明2例で、男女比は1.3 : 1であり、COVID-19の罹り易さには特徴的な性差は無いものの男性が若干多いようです。また、NHKのデータによると下図のように20代を除いて30代から90代以上の各年代における感染者数は、人口10万人当たり男性が女性を僅かに上回っていることが分かります(https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/analysis/)。さらに東京都のデータ

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/shibousyourei.files/shibourei.pdf)でも、PCR陽性者6,225例を調べたところ、男性は3,629例(58.3%)で、女性は2,596例(41.7%)となり男性の方が多いことが分かります。また、死亡した325例(5.2%)を見てみれば男性が199例(5.5%)で女性は126例(4.8%)の致死率でした。つまり、COVID-19に感染した場合、差は小さいですが明らかに男性の方が女性より死に至りやすいことを示しています。

COVID-19の性差を考える前に、まず生物学的に男女差を復習したいと思います1)。男女は生物学的に遺伝子で決定され、男性は性染色体としてXYを、女性はXXを持ちます。その結果、男性と女性には身体的、行動的な違いが認められます。胎生期には男性も女性も両性の生殖器の原器を併せ持っていますが、妊娠6週目頃にY染色体上のSRY遺伝子により産生されたSRYタンパクが、未分化の生殖細胞のDNAに結合すると精巣に、このタンパクが存在しないと卵巣になります。精巣からでるホルモンは女性生殖器を退化させ、アンドロゲン(男性ホルモン)は男性生殖器を発達させます。女性ではこのホルモンの働きがなく、女性生殖器が発達し、男性生殖器が退化するのです。思春期におこる二次性徴もホルモンが関係することが知られており、男女におけるホルモンの違いが行動にも影響を及ぼすのです。

COVID-19により死亡することを理解するためには、重症化のメカニズムを知る必要があり、世界中で研究が進められています。これまでに肺炎の悪化による急性の呼吸不全に加えて、血栓ができて血管が詰まるケースや、免疫の暴走で多臓器不全に陥ることが分かってきました。血栓については、免疫が暴走して自分自身を攻撃する「サイトカインストーム」という現象によりできると考えられています。細胞から分泌されるサイトカインは、免疫応答を調節する生理活性物質であり、微生物に対する生体防御を担っています。強い炎症を引き起こす炎症性サイトカインが血中に放出されると過剰な炎症反応が引き起こされ、様々な臓器に致命的な障害を与えることがあり、サイトカインストームと呼ばれます。

ではCOVID-19に性差が生じた理由ですが、発生からの時間が短く実際のところまだよく分かっていません。ただ、喫煙の影響が指摘されています。理由は男性の喫煙率が高いことや喫煙による肺機能の低下が重篤化を招いていると言ったことですが直接的な証拠はありません。それよりは女性が男性より強い免疫応答を示すこととの関連が指摘されています。特に女性ホルモンであるエストロゲンの何らかの作用によりCOVID-19から女性を守った可能性があります。エストロゲンは主に卵巣から分泌され、高濃度で自然免疫を担う細胞から炎症性サイトカインの産生を抑制する一方で、抗体産生を促進する働きがあります。このようにホルモンの作用が性差に影響しそうですが、それ以外の要因も指摘されています。それは新型コロナウイルスの細胞表面にある受容体(ACE-2)への作用が性差を規定している可能性です。いずれにしても詳細なメカニズムは今後の課題と言えそうです。

病気に対する性差を考えるときに、いつも思い出すのは人口当たりの男性と女性の比率である人口性比です。日本の人口統計では女性100人に対する男性の数をいい、一般的には出生に当たって男性と女性の比率は1:1と思われますが、年代に係わらず女性100に対して男性は95~97で常に女性が多いのです。この理由は女性の方が長寿であるということのようです。戦前は男性の方が多かったのですが、戦争の激化とともに性比は逆転し、その後、戦争もしていないのに女性が多いままです。これはまさしく女性の平均寿命が延びていることで説明されるのです。つまり、女性は病気全般に対する抵抗性が男性より強いということでしょう。

1)大木 紫:生物学的に見た男女差‐脳と行動への影響‐,杏林医会誌 49(1):21-25,2018.