わが国の豚とヒトにおける家畜関連型MRSAの分離状況

掲載日:2020.09.21

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)はヒトの院内感染の起因菌として重要視されています。また、1990年代にアメリカで院内感染ではない健康な小児の市中におけるMRSA感染による死亡例が報告されました。2016年に制定された「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」の成果指標として、2020年までにヒトから分離される黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率を20%以下にすることになっていますが、残念ながら今のところ40%後半で推移し達成が極めて困難な状態にあります。ヒトから分離されるMRSAには、医療施設に由来するHA-MRSA(Healthcare-associated MRSA)と市中に拡散しているCA-MRSA(Community-associated MRSA)が知られています。また、これらとは別に2006年にオランダの養豚従業者の家族と豚から従来とは異なるMRSAが分離されたことが報告されました1)。このMRSAは家畜、特に豚から分離され、畜産従事者も高率に保菌することが知られており家畜関連型MRSA(Livestock-associated MRSA ;LA-MRSA)と呼ばれています2)。これらMRSAの性状を比較したのが表に示している通りです。

LA-MRSAの主な遺伝子型は、MLST(multi locus sequence typing)型が 欧米で主にST398 であり、黄色ブドウ球菌の病原因子である Protein A 遺伝子(spa)の多変領域の塩基配列を基にしたspa 型は主に t011あるいは t034 とされています。また、MRSA の分子疫学上の重要なマーカーである SCCmec は IVa 型あるいは V 型とされています。ST398以外にもアジアでしばしば分離されるST9や同一クローン集団と考えられるClonal complex (CC) 398やCC97やCC9などが報告されています。海外での家畜からの分離率は非常に高く40%を越える豚の鼻腔から分離されたとの報告も認められます(図)。LA-MRSAのヒトの健康への影響は明らかではありませんが、オランダやドイツの病院で分離されたMRSAの多くがLA-MRSAであり、家畜から多く分離される地域の病院のMRSA分離率が高いといった報告もあります。

では日本の豚でのMRSA分離状況はどうなっているのでしょうか?私たちは欧米でのLA-MRSAの蔓延状況を憂慮し、2009年に東日本の23農場の豚の鼻腔でのMRSA保菌状況を調査しました3)。その結果、0.9%の豚鼻腔からST221/t002という欧米で流行するクローンとは別のMRSAが家畜から初めて分離されました。次いで2013年に関東圏のと畜場で21農場から出荷された豚の鼻腔スワブ100検体についての調査し、3農場の検体(8%)から5株のST97/t1236/SCCmec Vと3株の ST5/t002/atypical SCCmec が分離されました4)。この内、ST5はヒトからの分離報告の多いMLST型になります。この時点で日本の豚からST398が分離されたとの論文報告はありませんでしたが、欧米から生きた豚が輸入されることや、ST398やST9のメチシリン感受性黄色ブドウ球菌が豚の鼻腔から分離5)されていることを考えれば、欧米を席巻するMRSA ST398の国内への侵入は時間の問題と考えられました。海外から輸入される豚は、まずは最初に動物検疫所で検疫を受けることになります。2016年から2017年に5カ国から輸入された32.8%の豚の鼻腔スワブからMRSAが分離されST398であることが動物検疫所から報告されました6)。海外での報告の通り、輸入豚は非常に高率にST398を保菌することが分かりました。現在、薬剤耐性菌の保菌を理由に豚の輸入を阻止することはできませんので、LA-MRSAはすでに日本国内へ侵入していると思われました。事実、2012年から2013年にかけて50農場の500頭の豚を対象に調査したところ、2農場の5頭からMRSAが分離され、その農家の4頭(0.8%)の豚から初めてST398が分離されました7)。ただし、spa型は新規のt16450でした。このことから2012年にはすでに日本の一部の地域の豚にST398が浸潤していたことは間違いありません。その後、2017年に東北地区のと畜場に搬入された84農場の豚420頭の豚を調査したところ、9農場の13頭(3.1%)からST398が分離されました8)。分離株はすべてテトラサイクリン耐性であり、すべてのSCCmec V型株は亜鉛耐性を示しczrC遺伝子を保有していました。ST398の分離率は諸外国の報告に比べれば非常に低いものでしたが、限定された調査であり、全国的な分離状況に関する情報が待たれるところです。先に述べたアクションプランにより、農林水産省が実施する薬剤耐性モニタリング調査(JVARM)の枠組み中で豚からのMRSA調査が実施されるようになったことから、近々に全国的な分離状況が明らかにされるものと思われます。

一方、日本におけるLA-MRSAのヒトの保菌状況についてはこれまで全く情報がない状態でした。その理由としてLA-MRSAであると決定するには、SCCmec型、MLST型、spa型などの分子生物学的な試験が必要であり、疫学調査で多くの菌株を試験するには多額な予算や長時間を要することが問題点でした。調査報告はありませんが、これまでヒトの症例からST398の分離報告がなされています。2015年に全身性エリテマトーデスに罹患する日本に長期滞在する中国人女性の血液からST398が分離されたことが報告されています9)。分離株のSCCmecがⅤ型で、spa型がt2970でした。また病原因子として知られるPanton-Valentine Leucocidine(PVL)遺伝子が陽性でした(lukS/F-PV)。患者は動物や牧場関係者との接触はないとしていますが、2か月前に中国を訪問しており、t2970が中国と関連の深いspa型であることを考えると中国での感染が考えられました。さらに、東京在住の74歳の週3回透析治療を受けている男性で難治性肩関節の痛みで受診した患者の血液や関節液からMRSAが分離され、分離株はSCCmecがV型でspa型がt034、ST1232(ST398に一箇所に変異がありCC398に相当)でありました10)。また、PVL陽性で薬剤感受性は、オキサシリン、ゲンタマイシン、クラリスロマイシン、クリンダマイシン、テトラサイクリンに耐性を示しました。海外旅行も動物との接触もないとのことでした。先に述べた国内で豚から分離されたST398と比較すると、国内豚分離株とSCCmec型やspa型が同じであるものの、ゲンタマイシン感受性であり、PVL陰性、マクロライド耐性遺伝子(erm)やクリンダマイシン耐性遺伝子(lnu)が陰性であることから、国内の豚由来株とは異なっているように思われます。論文には食べ物の嗜好性について触れていないものの動物との接触がないことが明記されており、国内で飼育される豚以外の感染経路の存在が示唆されます。豚に由来するST398と異なる性状を持つMRSAがどのような経路でヒトに感染し、難治性関節炎を起こしたのかは非常に興味あるところです。

以上のようにわが国でも2012年以降欧米で高頻度に分離されるMRSA ST398が分離される状況になっています。また、ST398がヒトの症例から分離されたものの、その性状は国内で分離される豚由来のそれと異なっているように思われます。ただし、ST398が分離された難治性関節炎患者は海外に渡航しておらず、動物との接触歴もないことから国内で動物以外の感染経路の存在も示唆されました。いずれにしても、ヒトから分離されるMRSAの広範囲な疫学調査がない状況であり、豚に由来するLA-MRSAのヒトの健康に対する影響は不明のままです。今後のOne HealthでのLA-MRSAに関する動向調査に期待したいと思います。

 

1) Huijsdens XW, et al.,Ann Clin Microbiol Antimicrob 5:26, 2006.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1654169/pdf/1476-0711-5-26.pdf

2) De Neeling AJ, Vet Microbiol 122:3660-372, 2007.

3) Baba K, et al., Int J Antimicrob Agents, 36: 352-354, 2010.

4) Sato T, et al., J Global Antimicrob Resis 3: 283-285,

5) Asai T, et al., Jpn J Infect Dis, 65: 551-552, 2012.

6) Furuno M, et al., J Glob Antimicrob Resis 14:182-184, 2018.

7) Sasaki Y, et al., Jpn J Vet Res 68:179-184, 2020.

8) Sasaki Y, et al., J Vet Med Sci in press.

9) Koyama H, et al., J Infect Chemothther 21:541-543, 2015.

10) Nakaminami H, et al., Emerging Infectious Disease 26:795-797, 2020.