鶏から分離されたESBL産生大腸菌をめぐるエピソード

掲載日:2020.09.07

2018年の春、某新聞に鶏肉の半数から医療で重要視されるESBL産生大腸菌が分離されるとのセンセーショナルなる記事が掲載され、読者の皆様も心配したものと思われます。詳しい経緯はコラム(https://cvdd.rakuno.ac.jp/archives/2448.html)を読んでいただきたいと思います。ここでいうESBLですが基質特異性拡張型β‐ラクタマーゼといい、ESBLを産生する細菌は医療で重要視され重度の呼吸器系や尿路系細菌感染症で汎用されているセファロスポリン系薬に耐性を示します。このことはESBL産生菌が原因とする感染症に対して、この抗菌薬が使えないことを意味し、医療にとって重要な薬剤耐性菌となるのです。このESBL産生大腸菌が鶏肉から高頻度に分離されるということで大々的に報道されたものです。九州の一部を除いて鶏肉を生で食べることはないと思いますが、生の鶏肉に触れた手で他の食材を汚染したり、まな板や包丁を汚染することで二次的に食材を汚染する可能性があり、加熱不十分で喫食すると感染する可能性があります。

家畜で薬剤耐性菌が出現・増加する原因として考えられるのは、抗菌薬の誤用や過剰使用です。つまり、抗菌薬を使用することが大前提となるのです。セファロスポリン系薬には、有効な菌種の範囲で第一世代、第二世代、第三世代、第四世代などと呼ぶことがあります。例えば、第一世代ではグラム陽性球菌に高い抗菌力を示すのに対し、第二世代ではこれに特定のグラム陰性桿菌にも抗菌力を示します。第3世代ではさらに広範囲の種類の細菌に対して抗菌力を示します。世代が多くなればなるほど、医療上の重要性が高まるのです。家畜では第三世代まで承認され使用されています。

1999年に農林水産省において動物衛生に関する薬剤耐性モニタリング体制(通称、JVARM)が確立し、現在も世界的にも名の通った制度として国際的に認知されています(https://cvdd.rakuno.ac.jp/archives/3051.html)。JVARM設立当初の重点的な調査対象はフルオロキノロン系薬に対する耐性菌でした。これは医療上最も重要視されている抗菌薬であるとともに、各種動物の治療用抗菌薬としても多種類の製品が使用されていたことによります。当時は菌種ごとに担当者が決められており、大腸菌を担当していたのが小島明美さんでした。小島さんはJVARM以前から私と同じ細菌の鞭毛に関する研究を展開しており、寡黙ですが優秀で確実に研究を進めることができ、私が最も信頼しているスタッフの一人でした。当時は同じ実験室で朝から夜遅くまで一緒に研究を続けていましたので、家族より長く一緒にいると冗談を言ったりしたものです。ある時、小島さんがこれまでJVARMで保存していた膨大な家畜由来大腸菌について第一世代セファロスポリン系薬であるセファゾリンの薬剤感受性を調べたところ、肉用鶏由来大腸菌に18株の薬剤耐性菌があるというデータを示してくれました。その時はどうして分離されたのかも詳しく考えずに、医療で問題となっているESBL産生大腸菌はないだろうとの想定で、一応、第三世代セファロスポリン系薬の薬剤感受性を調べることになりました。その結果、驚くことに14株の第三世代セファロスポリン系薬に対する薬剤耐性菌が含まれていることが分かりました。鶏に対して承認されたセファロスポリン系薬はなく、価格も他の抗菌薬に比べて格段に高価でしたことから、衛生費に関してシビア―な鶏農家が適応外使用することなど全く考えられないことでした。抗菌薬を使用しないのになぜ薬剤耐性菌が分離されたのかという疑問が湧きました。そこでこの事実を科学的に明らかにしようと考えました。当時、中央薬事審議会の動物用抗菌性物質製剤調査会の座長は、医療における感染症分野で著名な東邦大学医学部の山口恵三教授でした。先生は大変温厚な紳士で感染症の権威であるにも関わらず誰でも分け隔てなく真摯に対応される方でした。東邦大学の研究室ではESBL産生菌の研究を古くから精力的に行われていることを知っていましたので、調査会終了後に時間をいただいて、今回の鶏からの薬剤耐性菌について話をしました。そうしたら即座に研究室にESBLについて詳しいスタッフがいるので、いつでも実験をしに来るようにとのお話でした。これは私たちにとって渡りに船で、早速、業務の合間に外勤扱いで小島さんを東邦大学に派遣して研究を進めました。その時に直接の指導をしていただいたのが現在の石井良和教授でした。実験の結果は間違いなくESBL産生大腸菌(CTX-M型)であることが明らかになり、日本で初めて鶏からESBL産生大腸菌が分離されたことを論文として国際誌に投稿し掲載されました1)。これは小島さんが疑問に思ったことを主業務の傍らコツコツと取り組んでいた成果とJVARM管理者として大変うれしく思うとともに、論文のタイトルに「Report from the Japanese Veterinary Antimicrobial Monitoring Program」を加えJVARMが国際的にも通用するデータを公表していることを国内外に知らしめました。以後、JVARMから公表する論文のタイトルに入れる常套句になりました。データをまとめている時のディスカッションで山口先生や東邦大学の先生方から、なぜ鶏からESBL産生菌が分離されたのかと考え方を聞かれたのですが、残念ながら全く理由が思い浮かびませんでした。

その後もJVARMでは各種動物から分離される大腸菌のセファロスポリン系薬(第一世代のセファゾリンと第三世代のセフォタキシム)に対する薬剤感受性動向をモニタリングしていました。その結果、牛由来、豚由来、産卵鶏由来大腸菌では5%以下の耐性率で推移するのに対し、肉用鶏由来大腸菌では2002年から急激に耐性率が上昇し、2011年には20%前後にまで達しました(下図参照)。これは明らかに異常値ですので、農林水産省が主体となり原因を調べたところ、発育鶏卵の胎児に対して全自動でワクチン接種するシステムを使用してワクチンの中に動物用第三世代セファロスポリン系薬であるセフチオフルを混入していることが明らかにされました。全国的にこのシステムが使用されていましたので、日本で生産されるヒナの大部分がセフチオフルを投与されることになりました。海外でも同様なことが行われていましたので、誰が主導したのかは不明ですが、ヒナの細菌感染症を予防する目的で抗菌薬を適応外使用していたのです。人間でいえば生まれたばかりの胎児に大量の抗菌薬を細菌感染症の予防と称して接種することに匹敵し、効率化とはいえ、とても認めることができない行為だと思います。本来なら強制的に規制をかけて然るべきと考えましたが、2012年に業界が自主的にセフチオフルの適応外使用を止めました。その結果、肉用鶏の耐性率は激減し、2013年にはほぼベースラインと考える4.6%となっています。2017年の成績でもほぼベースラインの耐性率が維持されているのが分かります2)。ただ、現場ではセフチオフルの代わりにアミノグリコシド系の抗生物質であるカナマイシンを使用しているとの話もあり、事実、2012年から肉用鶏由来大腸菌のカナマイシン耐性率が上昇を示しており、2010~2011年で13.2%であったのが、セフチオフルの使用を止めた後の2012~2013年で26.4%、2014~2015年で29.8%、2016年には36.7%に達しています3)。2012年のセフチオフルの中止を業界の自主規制に任せた結果とも考えられます。やはり、規制当局による強制力のある規制にすべきだったと考えます。いずれにせよ、この事例は抗菌薬の誤用や過剰使用が薬剤耐性菌の選択・増加に重要な要因になることを示しました。

以上書きましたように、鶏由来のESBL産生大腸菌のこれまでの経緯を見てみると、個人的ではありましたがJVARMスタッフの先見性と忍耐力に依存した新規の薬剤耐性菌の発見に端を発し、その後、JVARM体制が確立していたからこそ継続的な動向を監視することができ、抗菌薬の適正使用の重要性を示すことができました。まさに同じサンプリング戦略の下で同じ方法で継続して薬剤耐性菌の動向を監視するシステムがあったからこそ明らかにできたものと考えています。新規の薬剤耐性菌を検出した時には想像もできなかった薬剤耐性菌の増加原因でしたが、適応外使用を中止してすぐに耐性率がベースラインに戻った時は何かストーリーが明快な科学ドラマをみているような晴れやかな感覚にもなりました。ただその後のカナマイシン耐性菌の増加は、後味の悪い続編を見せられているようでもあり残念なことと思っています。

 

1)Kojima A, et al.: Extended-spectrum-β-lactamase-producing Escherichia coli strains isolated from farm animals from 1999 to 2002: Report from the Japanese Veterinary Antimicrobial Monitoring Program. Antimicrob Agents Chemothr 49(8):3533-3537, 2005.

2)農林水産省:平成29年度と畜場及び食鳥処理場における家畜由来細菌の薬剤耐性モニタリング結果. 2019年10月31日

https://www.maff.go.jp/nval/yakuzai/pdf/H29houkoku20200212.pdf

3)National Veterinary Assay Laboratory: Report on the Japanese Veterinary Antimicrobial Resistance Monitoring System 2016-2017, 2020.

https://www.maff.go.jp/nval/yakuzai/pdf/200731_JVARMReport_2016-2017.pdf