猫ヘモプラズマ感染症がヒトに感染した?

掲載日:2020.08.25

猫ヘモプラズマ感染症は、猫ヘモプラズマの赤血球に寄生することによる溶血性貧血を主徴とする疾患であり、猫伝染性貧血とも呼ばれています。昔はリケッチア性病原体であるHaemobartonella属の感染により起こり、猫バルトネラ症と呼ばれていました。猫のへモバルトネラ病原体は、これまでH. felisという学名で呼ばれていましたが、分子生物学的解析の結果、16S rRNA遺伝子の塩基配列によりMycoplasma haemofelis(Mhf)とCandidatus Mycoplasma haemominutum(CMhm)に改名されました。さらに2005年にスイスの猫から新たにCandidatus Mycoplasma turicensis(CMt)が病原体として加えられました。病原体は赤血球表面に付着して感染し、膜に対して直接的な障害を与えるほか、抗赤血球自己抗体が産生されるため溶血性貧血が生じるとされています。貧血のほか発熱、元気消失、食欲廃絶、呼吸促拍、心悸亢進、脾腫などが認められ、重症例では致死的な経過をとる場合も認められています。日本の飼い猫における猫ヘモプラズマ病原体の保有状況を調べた報告によれば、501頭の猫をPCRで調べたところ197頭(39.3%)から何らかの病原体が検出され高頻度に不顕性感染していることが明らかにされました1)。中には混合感染している猫も50頭(10.0%)に認められました。感染のリスクファクターを調べてみると、猫白血病ウイルスおよび猫免疫不全ウイルスの感染が影響しているようでした。これまで猫ヘモプラズマ感染症は世界的にも猫固有の感染症と認識されていましたが、最近、日本でMhfに近縁なCandidatus Mycoplasma haemohominis(CMhh)によるヒトへの感染事例が報告2)され注目されていますことから情報を提供したいと思います。なお、Candidatusとは、培養に成功していない原核生物に与えられる分類学上の暫定的な地位をいいます。培養されて正確な性状が明らかにされた段階で正式な学名が付与されます。

患者は42歳の男性医師で特段の病歴も渡航歴もありませんでしたが、発熱、貧血、肝機能障害で入院していました。入院する1か月前に、海外旅行後に潜在性肝障害と貧血のために入院していた患者の肝臓を生検する際に誤って針刺し事故を起こしていました。針刺し事故の2週間後、全身に掻痒を伴う紅斑が認められました。発疹は3日間で消失しましたが、リンパ節腫脹や肝脾腫、それに発熱が発現したために入院したものです。最初の診断は未知の疾病に関連する血球貪食症候群(HPS)というものでした。第13病日において、血清材料から抽出したDNAをもとにメタゲノム解析を実施した結果、HPSを伴うCMhh感染症と診断されました。治療経過を見てみますと、血清中のCMhhコピー数が最も多い時期にレボフロキサシン(LVFX)を投与したところ、投与後14日で検出限界以下となりました(下図参照)。しかし、すぐに発熱と貧血が再発し、CMhhコピー数も急速に上昇しました。この時、メタゲノム解析によりキノロン耐性に関わるGyrAのAサブユニットにアミノ酸置換を伴う突然変異が観察されています。そこで第46病日にLVFX耐性が発現したと考え、モキシフロキサシン(MLFX)とミノサイクリン(MINO)を併用して投与したところ、すべての症状が消失して第61病日に退院となりました。なお、猫ヘモプラズマ感染症の第一次選択薬はドキシサイクリンをはじめとするテトラサイクリン系薬とされています。患者は治療中止後1年を経過しても症状はなく、血清中にCMhhのDNAは検出されていません。

今回の感染事例で病原体となったCMhhですが、16S rRNA遺伝子による系統樹解析の結果を見ると、Mhfと近縁であると共に犬のヘモプラズマ感染症の原因とされるMycoplasma haemocanisとも近縁であることがわかります(下図参照)。今回の事例を猫ヘモプラズマ感染症と関連づけた理由は、犬ヘモプラズマ感染症の発生状況にあります3)。本症の多くは不顕性感染であり、脾捻転の犬の脾臓全摘出術後に発症したり、治療のために免疫抑制剤を投与後に発症するなど免疫不全との関連が示唆されています。またフィラリア予防のために来院した外見上健康な犬536頭を用いてヘモプラズマ感染を確認したところ16頭(3.0%)が陽性を示し、その内の5頭(0.9%)がM. haemocanis感染でした。したがって、このような発生状況を考えると、猫ヘモプラズマ感染症との関連がより強いのではないかと考えた次第です。

CMhhのヒトにおける感染報告は今回を含めて2例しかないようで、病原体に関する情報をはじめ感染経路など不明な点が多く残されています。今回の事例報告では、伴侶動物との関連について全く情報がないものの、病原体の性状から新たな人獣共通感染症になることも考えられました。伴侶動物の多くは室内で飼育されており、ヒトとの距離が極めて近い存在であり、獣医師にとっても関心の高い感染症に思われました。今後は伴侶動物やヒトにおけるCMhhの検出状況を明らかにするとともに、病原体の性状に関する情報にも注視していきたいと考えています。

 

1)渡辺 征ほか:日本の飼い猫における新規なヘモプラズマCandidatus Mycoplasma turicensis 感染の検出,日本獣医師会誌 64:150-153, 2011.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvma/64/2/64_150/_pdf/-char/ja

2)Hattori N, et al.:Candidatus Mycoplasma haemohominis in Human, Japan, Emerging Infectious Diseases Vol. 26, No. 1, January 2020

https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/26/1/19-0983_article

3)猪熊壽:ヘモバルトネラ感染症,Small Animal Clinic 142:11-16, 2005.

http://id.nii.ac.jp/1588/00000362/