昆虫食が人類を救うのか?

掲載日:2020.06.22

冒頭から法律の話で恐縮ですが、獣医師でなければ飼育動物の診療を業務としてはならないと獣医師法で定められています。ここで言う飼育動物とは、牛、馬、めん羊、山羊、豚、犬、猫、鶏、うずらと、政令でオウム科全種、カエデチョウ科全科、アトリ科全種の鳥類と定められています。したがって、日本の獣医系大学ではすべての飼育動物は困難ですが、主だった動物種の獣医学を学生に対して教育しているのです。近年、異常気象による農作物の不作が世界各地で報告されており、一部の開発途上国を中心に飢餓が進行しています。このような背景から、最近、我われが生きていく上で必要なタンパク源として畜産物に代わる昆虫の利用が考えられています。もし、昆虫が食用動物になると、獣医学教育にも影響しそうな話です。そこで今回は昆虫食について考えてみたいと思います。

最近のニュースで、全国各地に昆虫食の自販機が設置されたことや、大手の小売販売会社が昆虫食のビジネスに参入したことが話題となりました。昆虫食とは書いてある通りで昆虫を食料として食べることで、昔から一部の地域で食文化として定着してきたものです。タイなどの東南アジアの各国の青空市場では所狭しと多種類の昆虫が食用として売られている光景を見た方もいるかも知れません(図1)。その昆虫食が今話題になるのは、良質なタンパク質が豊富な健康食品であるとともに、家畜に比べて生産性が非常に高いことから、世界の食料不足対策の切り札と期待されているからです。世界的に見てみますと、アジア29か国、南北アメリカ23か国、アフリカ36か国で少なくても527種の昆虫が食べられているそうです1)。図2は各国で食べられている昆虫の種数を示したもので300種を超える昆虫を食べている国も見られます。食用昆虫の種類は、コガネムシなどの甲虫類31%、毛虫・イモムシの幼虫18%、ハチやアリの仲間14%、イナゴやコオロギなどのバッタ類が13%、セミやカメムシ類10%となっています2)。一方、日本では大正時代に農商務省の三宅恒方が食用・薬用昆虫の全国調査を実施し、ハチ類14種をはじめ、ガ類11種、バッタ類10種など、合計55種に及び、 また地方別では内陸の長野県の17種を筆頭に、41都道府県に達しています3)。したがって、先に示したように中程度の昆虫食の国と言えそうです。ただ、その形態や生態に嫌悪感を持つ国民も多く、また逼迫した食料難にならなかったせいか、一般的な食料とならずに今日に至っています。

まず、食料としての昆虫を考える前に、日本における主な動物性タンパク質の供給源である畜産物について見てみましょう。わが国の畜産物の消費は、食生活の高度化と多様化を背景として安定的に増加してきましたが、近年は横ばい状況にあります。2013年の統計では年間1人当たり供給量で示すと食肉全体で30kgであり、その内訳は牛肉6kg、豚肉12kg、鶏肉12kgとなっています4)。畜産物の2018年度の生産額ベースの国内自給率を見てみると、畜産物の56%となっています。残りの32%は輸入畜産物であり、さらに12%は輸入飼料で飼育された畜産物(自給としてカウントせず)となっています5)。つまり、畜産物の半分を海外に依存していることになります。このような輸入に依存するわが国にとって、今回の新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延によって食料供給状況に影響はなかったものの、アフリカ豚コレラなどの越境性動物感染症の発生などにはもろに影響を受けることが考えられます。したがって、わが国にとって食料自給率の向上は喫緊の課題となっており、農林水産省も重要課題として取り組んでいるところです。この食料自給率の向上に貢献するタンパク源として昆虫の利用は全く考えられないのでしょうか?

昆虫を食料として考えるときに、気になるのが栄養と安全性だと思われます。まず栄養面で見てみると、昆虫の血液に含まれるタンパク質アミノ酸)は哺乳動物の肉のタンパク質のアミノ酸構成に似ており、昆虫の血糖はトレハロースであり栄養価が高く、昆虫の脂肪は現代人が日常的に食べる油に近いそうです6)。また、昆虫はヒトが必要とするビタミンのほとんどが含まれ、ミネラルも含まれるといったことが明らかになっており、栄養面からは申し分のないものとなります。味の面では、対象となる昆虫の種類が多く一概には言えませんが、蜂の子などは蜂蜜とおなじように美味しいようですし、同じく節足動物である甲殻類(エビやカニ)と同じような味の昆虫もあるようです。

一方、安全性からは、自然界に生息する昆虫では各種寄生虫やヒトに対して病原性を示す細菌に汚染している可能性があり、まさかそのまま食べることはないと思いますが生食は厳禁で十分に加熱調理することが必要です。また、昆虫で毒のあるものや、毒のある花の蜜を吸う昆虫も避けなければなりません。ただし、餌や水や飼育環境の衛生管理を徹底した人工環境で飼育することにより、ある程度の危険性を回避できることも考えられます。加えて、先に述べたように昆虫はカニやエビに近い生き物であることから、甲殻類アレルギーを引き起こす可能性があり、このアレルギーをお持ち方は避ける必要があります。

さらに昆虫の繁殖性を見てみれば、最適な温度や湿度が得られると、短期間で産卵を繰り返し、一回の産卵で多くの卵を産むことが可能となり、効率の良い生産性が得られます。飼育環境の整備にも過大な投資を必要とせず、昆虫を飼育するにも特別な技術を要しないことも利点にあげられるものと思います。

このように考えてきますと昆虫が食料となる日も近いのかも知れません。世界では深刻な食料不足が国民を苦しめている国も多くあり、人類が生きていくための貴重なタンパク源としての昆虫の利用は国際的にも取り組む必要があるでしょう。わが国では畜産物の完全な代替になることは困難ですが、料理人がいろいろな料理や製品を創作してくれるでしょうし、衛生的に生産された昆虫が利用される日も遠くないかも知れません。ただし、最も問題なのは日本人が食料として昆虫を認めるかであり、生理的に嫌悪感を抱かなければ、今後、昆虫が食用動物と位置づけられる日が来るかもしれません。

 

1)FAO Newsroom http://www.fao.org/newsroom/en/news/2008/1000791/index.html

2)FAO Forestry paper 171: Edible insects Future prospects for food and feed security

http://www.fao.org/3/i3253e/i3253e.pdf

3)JATAFF: 多彩だった日本の昆虫食 https://www.jataff.jp/konchu/hanasi/h02.htm

4)ALIC食肉の消費者動向について https://www.alic.go.jp/koho/kikaku03_000814.html

5)農林水産省 https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012-12.pdf

6)田村正人:日本の食用昆虫,家屋害虫 25(2):111-120, 2003.

https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10507715_po_ART0009526980.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

 

図1.タイの市場で売られる昆虫食

https://chiangmai43.com/post-25152/

 

 

 

図2.各国における食用昆虫の種数

 

 

http://www.fao.org/3/i3253e/i3253e.pdf