わが国のペニシリン製剤開発史

掲載日:2020.06.01

「碧素」とは、第二次世界大戦末期にわが国で独自の技術により製造されたペニシリンの和名になります。戦時中でしたので敵性用語を用いられないことや、そもそもフレミングの発見したペニシリンと同じものかが不明であったために命名されたものです。公益財団法人日本感染症医薬品協会が所有し、残存する唯一の「碧素アンプル」が、2019年9月10日に国立科学博物館の所管する「重要科学技術史資料(未来科学遺産)」に登録されたことは、すでにこのコラムでも紹介しました(https://cvdd.rakuno.ac.jp/archives/3289.html)。今般、長らく協会の理事を務められ、現在、慶應義塾大学薬学部に籍を置いておられる八木澤守正先生が、未来科学遺産登録を契機に、わが国のペニシリン製剤の開発の歴史を詳しく記載した総説を公表されました1)。本稿には陸軍主導で設置した「ペニシリン委員会」に科学動員された医学・薬学・理学・工学・農学領域の第一級研究者により、英国や米国からの情報やペニシリン産生株がない状況で、わずか9か月という短期間でペニシリンを得て、2か月後に工場生産によりペニシリン製剤(碧素アンプル)の製造に成功し、戦地の傷病兵の治療に応用した経緯が詳しく紹介されています。ペニシリン製剤は動物用医薬品としても重要なもので、今なお動物の感染症治療に用いられており、動物用医薬品の開発に携わる全ての人々が知っておいていただきたい歴史的事実と思い紹介させていただきます。

 

1)八木澤守正, 松本邦男, 加藤博之, 岩田 敏:“碧素アンプル”の「重要科学技術史資料」への登録 日本化学療法学会雑誌 68(3):330-344,2020.

碧素アンプルの重要科学技術史資料への登録;化療学会誌;2020年5月