新型コロナウイルスはヒトからイヌへ感染する―香港事例の詳細報告―

掲載日:2020.06.01

2019年に中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中で蔓延し、今なお終息が見通せない状況です。この原因ウイルス(SARS-CoV-2)のイヌやネコなどのペットでの感染事例については逐次このコラムで紹介している通りで、最初の報告は香港のイヌにおける感染事例でした(https://cvdd.rakuno.ac.jp/archives/3435.html)。今般、最初の感染事例について香港の研究グループから詳細な経過報告がNature誌に掲載され、ウイルスがヒト(飼い主)からイヌへ感染した可能性が高いことが明らかになりました1)。今回はNature誌の掲載内容について紹介したいと思います。

香港での2例のイヌの感染事例は、COVID-19の罹患者がいる世帯で飼育されていた15頭のイヌと7頭のネコのうち、定量的RT-PCR法、ウイルスに対する抗体価、ウイルスゲノムの塩基配列で得られたデータから総合的に感染と診断されたものです。図1に今回の2例の感染事例に関するイヌとヒトとの関連についての時系列的な出来事を示したものです。感染事例のイヌ(イヌ1)は17歳の去勢された雄のポメラニアンで、心雑音があり、高血圧、慢性腎疾患、甲状腺機能低下症および副腎皮質機能亢進症などの病歴を持っていました。飼い主は60歳の女性で2月12日に最初の症状(咳)が発現し、2月24日にCOVID-19と診断されています。同一世帯内にいる女性の家事ヘルパーAが2月16日に発熱し、その後、感染が確認されています。世帯内に居る残りの3名は2月26日に隔離され、1名の家事ヘルパーBが3月7日に感染が確認されています。イヌ1は2月26日に隔離され、糞便と共に鼻腔、口腔、直腸拭い液が採取されました。追加サンプルは、6回イヌ1から採取されました。抗体価測定のための血液は3月3日に採取されました。隔離期間中のイヌは元気であり、臨床症状はありませんでした。ウイルスRNAは2月26日から3月9日の間に採取された鼻腔拭い液からPCR法で検出されました。しかし、直腸あるいは糞便サンプルからは検出されませんでした。また、ウイルスの分離もできませんでした。

もう一つの感染事例のイヌ(イヌ2)は、健康な2.5歳の雄のジャーマンシェパードで、飼い主は3月10日に最初の症状(頭痛、背痛)を発現し、3月17日に入院しCOVID-19と診断されました。イヌからは3月18日から30日までの5回にわたってサンプルが採取されました。口腔と鼻腔の両方から最初の2回のサンプル(18日と19日)で陽性を示しました。また、3月18日に採取した直腸拭い液で陽性でした。

イヌ1から3月3日に採取された血液は、80倍のSARS-CoV-2に対する抗体価を示しました。また、イヌ2では、3月19日の血液で10倍以下の抗体価であったのが、3月23日に40倍、3月30日に160倍と上昇傾向を示しました。このことはPCR検査結果を確認することになりました。

2月26日と28日にイヌ1の鼻腔拭い液から得られたウイルスRNAを元に遺伝子解析し、飼い主や家事ヘルパーからのウイルスRNAと比較したところ、全ゲノムを通して同じ塩基配列を示し、同じウイルスによる感染であることが分かりました。3月18日と19日にイヌ2の鼻腔拭い液から得られたウイルスRNAと飼い主から得られたウイルスRNAの塩基配列は全ゲノムを通じて同じで、同じウイルスによる感染であることが分かりました。しかし、イヌ1とイヌ2のそれぞれの世帯から得られたウイルスゲノムの塩基配列は異なっており、別々のSARS-CoV-2の感染であったことが分かりました。

これらの成績をまとめてみますと、時系列的に見ても同じ世帯のCOVID-19に罹患した飼い主からイヌへウイルスが感染したことを示しています。しかし、イヌに特段の症状がないことから、このウイルスがイヌに重篤な感染症を引き起こすのかどうかは分かりませんでした。なお、イヌ1のポメラニアンは飼い主に返却された2日後に死亡しています。このイヌは先に述べたように様々な基礎疾患を抱えており、また高齢であったことから、このウイルスによる感染で死亡したのかは明らかにできませんでした。感染したイヌから他の動物やヒトへの感染も明らかにできませんでした。ヒトで感染が起こった地域のイヌ、ネコ、ウマから得られた4000サンプルで陽性を示すものはなく、ウイルスはペット間で循環しているのではないことが明らかでした。

以上のように、SARS-CoV-2による香港での最初のイヌの感染事例について、詳しく解析した成績を紹介しました。このウイルスのイヌにおける病原性や、イヌの感染源として役割などまだまだ不明な点が多くあります。罹患者の周りにいる動物の調査でも容易に地域社会へウイルスの拡散が起こらないことを示しています。しかし、頻度は低くても感染したヒトからイヌへウイルスが伝播したことは明らかであることから、COVID-19に罹患した方が飼育されるイヌについては、飼い主の責任として外に出さずに自宅で少なくても2週間は隔離することが必要と考えます。なお、今回の報告は初発のイヌでの感染事例に対して、香港の研究グループがここまで科学的解析を進めていたことにも正直言って驚きました。最近、香港政府が科学教育に力を入れており、大学ランキングでも日本より高いことが示されています。もしイヌでの初発例が日本で起きたとしてもここまで解析できたかどうか私自身は確信が持てません。その意味でも素晴らしい論文と思った次第です。

 

1)Thomas H.C.Sit et al.: Infection of dogs with SARS-CoV-2, Nature Published online: 14 May 2020 https://www.nature.com/articles/s41586-020-2334-5_reference.pdf