なぜ野生動物からヒトに感染したのか?

掲載日:2020.05.08

今、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るっており、日本でも緊急事態宣言が発出されて、その制圧のために多くの社会的隔離策が実行されています。また、個人に対しても多くの行動自粛が求められています。しかし、残念なことに日本では終息が見通せず、世界中で尊い命を落とされた方が多数でています。最近、この感染症の原因となる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の由来について米中で論争が行われていますが、最初はコウモリを起源として直接的あるいは中間動物を介してヒトに感染したものと考えられています。その後、ヒトからヒトへと次々に感染し、今のような世界的な蔓延へと繋がっています。本来は森林や洞窟の中で生息するコウモリの間で感染を繰り返されて穏便に種を維持していたウイルスが、突如人間社会に出現して猛威を振るうようになったのです。ではなぜコウモリが保有するウイルスがヒトに感染するようになったのでしょうか?今回は野生動物からヒトに感染する人獣共通感染症の話です。

これまでもこのコラムでいくつかの人獣共通感染症について紹介してきました。人獣共通感染症の定義は、「脊椎動物とヒトとの間で自然に伝播するすべての疾病と感染」(WHO, 1952)とされています。人獣共通感染症の概要を下図に示しています。世界には200種以上が知られており、その内の約60種が日本でも認められています。ヒトに感染する病原体(ウイルスや細菌など)は1,415種知られていて、その内、868種(61%)が人獣共通感染症の病原体になります1)。また、その97%は動物が本来の住み家(専門的には病原巣といいます)とされています。つまり、ヒトが罹る感染症の原因となる病原体の半分以上が動物由来となるのです。COVID-19のように、ヒトや動物の中に新たに出現した感染症を新興感染症と呼びますが、その内の60%が人獣共通感染症であり、その72%が野生動物由来と言われています2)。ヒトが感染する病原体の多くは野生動物が自然宿主であるのです。野生動物の中でもコウモリに由来する多くの人獣共通感染症が知られています。例えば、狂犬病、リッサウイルス感染症、ニパウイルス感染症、ヘンドラウイルス感染症、日本脳炎、重症急性呼吸器症候群(SARS)や今回のCOVID-19も含まれます。

コウモリとは脊椎動物亜門哺乳綱翼手目の総称で、18科202属で1,116種という多くの種が含まれており、種数でいえば哺乳類全体の25%を占め、ネズミなどの齧歯目に次いでいます。コウモリ由来ウイルスが齧歯目由来ウイルスよりヒトに感染しやすい理由としては、翼手目が進化系統的に齧歯目よりヒトに近いことが上げられています。翼手目を大きく分類すると、80%がオオコウモリで20%がココウモリと言われており、オオコウモリは森林で樹木にぶら下がって生活するのに対して、ココウモリは洞窟で生活しています。通常はコウモリが先に述べたウイルスに感染しても症状を出すことはなく(不顕性感染といいます)、ウイルスは共存してコウモリの間で感染を繰り返しているのです。コウモリ由来ウイルスの特徴として挙げられるのは、まず多くがRNAウイルスであり変異ウイルスが生じやすく動物種を超えて感染しやすくなることです。また、多くのコウモリ由来感染症は、コウモリからヒトへ直接感染するのではなく、中間宿主を介して感染することです。SARSの原因であるウイルスは、キクガシラコウモリからハクビシンなどの動物を介してヒトに感染したと考えられています。SARS-CoV-2もキクガシラコウモリからセンゼンコウなどを介して感染したとも言われています。さらに、最近、先に述べたようなコウモリ由来新興感染症の発生が非常に多いことも特徴です。これまではコウモリの生息地を考えても、ヒトや動物がコウモリと接触する機会が少なく、コウモリが保有するウイルスがヒトに感染する機会が非常に限られていたものと思われます。人類が自然環境を尊び、そこに居住する動物に畏敬の念を持っていれば、野生動物とヒトとの接点は殆どなかったはずです。ところが、近年、森林伐採によりコウモリの生息地が減少したため、コウモリがヒトの居住地に侵入したり、逆にリゾート開発などによりコウモリの生息地へヒトが侵入することにより、コウモリとヒトや動物との接点が増えているのです。下の写真は、ケニアのマサイマラ国立保護区を訪問した時に、宿泊したホテルの保護区内にせり出したテラスから撮影したもので、野生動物に数メートルまで近づくことができました。また、グルメブームや食文化により野生動物を材料とした料理を食べることも、野生動物とヒトの距離を近づけています。今回のCOVID-19の発生に関係していると考えられた武漢華南海鮮卸売市場では100種以上の野生動物や肉を扱っていたようで、中にはコアラ、キツネ、ワニ、オオカミの子供、オオサンショウウオ、ネズミ、クジャク、ラクダなどが含まれていたようです。ただし、コウモリは販売されていなかったとか、最初の感染者は市場に行っていないとの話もあり、今回のSARS-CoV-2の由来については不明な点が多く残されています。

コウモリが保有するウイルスがヒトへ感染するようになったことをさらに詳しく説明したいと思います。本来ならSARS-CoV-2について紹介したいところですが、残念ながら発見から半年もたってないことから情報が完全に不足しています。そこで同じくコウモリ由来で一時大問題となったニパウイルス(NiV)感染症をもとに説明したいと思います。NiV感染症は、1998~1999年にマレーシアとシンガポールで初めて発生し、ヒトに致死的な急性脳炎を起こし、ブタに呼吸器感染症の流行をもたらした新興感染症になります。この期間に両国合わせて265名の感染者で、105名の死亡者が報告されました。実に39.6%の致死率となります。また、マレーシアでは約110万頭のブタが殺処分され、1,800ヵ所以上の養豚場が閉鎖されたことにより、両国の養豚業界は壊滅的な被害を受けたのです。調査の結果、NiVの自然宿主はオオコウモリであり、オオコウモリからブタに感染し、ヒトに伝播したと考えられています(下図)。つまり、オオコウモリの生息地である森林を伐採することにより、そこに養豚場を多数建設したのです。そこでオオコウモリとヒトとの接点ができたと共に、オオコウモリは生息地を奪われたことから生息数を減少したものと思います。そこでオオコウモリを自然宿主とするNiVは生き延びるために変異により宿主域を拡大し、近くで飼育されるブタに感染できるようなったと思われます。さらにブタを飼育するヒトへ感染できるようになったと思われます。養豚場の周りにいたウマやイヌ、ネコなどから抗体が検出されることから、非常に広い宿主域を獲得したようです。

以上のように本来、野生動物を宿主としていたウイルスはその生息域で宿主動物と共存していたと考えられます。人類が自然環境の維持に腐心し、そこに生息する動物を軽視しなければ何の問題もなかったでしょう。しかし、人間の「欲」というか「業(ごう)」がなせることなのか自然環境を破壊してリゾート開発を行ったり、農場開発を行ったために、野生動物の生活環境を脅かすことになり、野生動物が減少してしまったのです。その結果、野生動物と共存していたウイルスが種を維持するために宿主域を拡大することとなり、ヒトや他の動物に感染するようになったと考えられます。また、衛生管理された食肉ではなく野生動物を食べる食習慣や、イヌやネコに飽き足らず野生動物(エキゾチックアニマル)を家庭内で飼育することも、野生動物とヒトとの距離を縮める結果となります。現在でも非常に多くの種が存在する野生動物が保有する病原体に関する知識は非常に限られています。人類はCOVID-19の反省に立ち、このような無節操な行為を自重しない限り、今後も新たな野生動物由来の病原体による感染症が発生するように思われてなりません。

 

 

1)Tayler LH., Latham SM., Woolhouse ME: Phil. Trans. R. Soc. Lond. B 356*983-989, 2001

https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rstb.2001.0888

 

2)Jones KE., et al.: Nature 451/21 February 2008

https://www.nature.com/articles/nature06536