イヌ用の眼内レンズのはなし

掲載日:2020.02.10

昨年、某タレントがSNSで発信したことで注目を浴びたものにICL(Implantable contact lens)があります。これは眼内にレンズを挿入して視力を矯正する「屈折嬌正手術」の一つです。以前はレーシック(LASIK)といって角膜にエキシマレーザーを照射し、角膜の曲率を変えることにより視力を矯正する手術が話題となりました。レーシックはアメリカ国防省やアメリカ航空宇宙局などでも正式に視力矯正法として認められる方法ですが、技術的な難易度が高い手術方法でもあります。また、乱視、光を眩しく感じること、ドライアイや目の痛みなどの合併症も知られています。さらには角膜に傷をつけるため感染症を引き起こす場合があることも知られています。2008年にある眼科医院でレーシックを受けた患者639人のうち67人で感染性角膜炎などを発症し、2010年に元院長が業務上過失傷害の容疑で逮捕される事態となりました。手術数は2008年に年間40万人程度あったものが、先の事例も影響して2014年には年間5万人程度に減少しているようです。そこで新たな視力矯正法としてICLが注目されたものと思います。なお、ICLの実施は眼科専門医に限定されており、学会の講習や認定手術を経てライセンスが付与されるようで、医師であれば誰でも実施できない仕組みのようです。歳をとれば高頻度で発症する白内障にも、ICLを取り出し白内障用のレンズを入れることも可能なようです。白内障用の眼内レンズは、手術で濁った水晶体の代わりに眼の中に挿入するレンズです。厳密には白内障になる前までの水晶体と同じレベルの機能に戻るわけではありませんが、多くの方は眼鏡等を併用することで、白内障になる前の状態に近い生活ができるようになるようです。

では動物の状況はどうでしょうか?イヌは最初に家畜化した動物で、最初は警戒用や清掃用として飼育されました。その後、イヌの持つ優れた機能から狩猟のパートナーになったのです。このイヌの歴史から見て視覚、嗅覚、聴覚とも人間よりはるかに優れた能力を持つように感じますが、実は人間より視力が弱いと言われていました。しかし、アメリカの大学で多くのイヌを用いて調べたところ、ほとんどのイヌは遠視でもなく近視でもない「正視」であったと報告されています。ただ犬種によって特徴があり、ジャーマンシェパードやロットワイラーの大半のイヌが近視の傾向があり、グレーハウンドは遠視の傾向にあるそうです。また、私たち人間が見渡せる視野が180度なのに対し、イヌの視野は250~270度と広範囲の視野を見渡すことができます。さらに優れた動体視力を持っているので、静止している物体よりも「動きのある物体」を捉えることが得意です。このように優れた多くの特性を持つイヌにあえて視力を矯正する必要はなさそうです。では、白内障はどうでしょうか?このコラムでも紹介したように近年、イヌやネコの平均寿命が飛躍的に向上しています。長生きになればなるほど、人間と同じように白内障を発症するイヌも多くなっています。そこで開発されたのがイヌの白内障治療用の眼内レンズです。イヌの白内障に対して実施される超音波水晶体乳化吸引法は有効な治療法であったものの、水晶体を取り除くことから網膜に結像させる屈折能力を持つ水晶体が無くなり強度の遠視になり光は取り戻すものの視力は元に戻りませんでした。そこで眼内レンズを挿入する手術法が開発されたのです。わが国では1996年に国産初のイヌ用眼内レンズが販売され、多くの白内障手術で応用されています。当初は眼内レンズを挿入するため広い切開創が必要であったものの、2004年から販売された眼内レンズは折りたたんで挿入できるため狭い切開創で済むようになりました。人間と異なり現時点で獣医師であれば誰でもイヌに眼内レンズを挿入できますが、高度な熟練の技術が求められることから、しっかりと信頼できる獣医師を探すことが重要になります。なお、酪農学園大学では日本の獣医系大学として最初に獣医学教育の中に獣医眼科学を導入し、附属動物医療センターでも眼科診療科を開設するなど、この分野の発展に貢献しています。

以上のようにICLの話しからイヌ用の白内障治療用の眼内レンズの話をさせていただきました。イヌの平均寿命が短い時代では問題とならなかった白内障ですが、平均寿命の延びに伴って獣医眼科学も発展し、人間と同じように眼内レンズを挿入できる時代となったのです。臨床獣医学も時代と共に確実に進歩しており、特に伴侶動物医療の発展は目覚ましいものがあります。今後もこのコラムで最新の獣医療について紹介していきたいと思います。

 

工藤莊八:視覚回復を可能にした最近の犬の白内障手術-犬用眼内レンズの重要性,日獣会誌 58:293-297, 2005.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvma1951/58/5/58_5_293/_pdf/-char/ja