「碧素アンプル」重要科学技術史資料に登録

掲載日:2019.11.11

ペニシリン(日本では碧素と呼ばれました)は人類が最初に手にした抗生物質であり、医学や獣医学に計り知れないほどの貢献をしました。1929年にフレミングが最初に発見したペニシリンは、いろいろな種類のペニシリンの混合物で、その中から抽出されたベンジルペニシリン(ペニシリンGと呼ばれます)が医薬品として使用されたのです。臨床応用されて70年を過ぎましたが、今なおベンジルペニシリンとベンジルペニシリンプロカインを合わせて純末換算量で17,217kg(2017年度)も乳用牛、肉用牛、馬、豚、肉用鶏、イヌ、ネコに使われ感染症の治療に貢献しています。ペニシリンの歴史については、このコラムの一般向け情報「ペニシリン物語」として2回(2018/5/212018/9/3)に渡って掲載していますのでご一読頂ければ幸いです。

今般、1944年に日本で最初に森永食糧工業株式会社(現森永製菓株式会社)が製造し、公益財団法人日本感染症医薬品協会が所有者である「碧素アンプル」が、令和元年度重要科学技術史資料(愛称 未来科学遺産)に登録され、2019年9月10日に国立科学博物館において登録証と記念盾の授与式が行われました。授賞理由は、キーゼ報告を頼りに独学で1年以内にペニシリンの大量生産を成し遂げたことを伝える資料として重要であることとされました。ペニシリンの実用化に成功したのは、英米と日本だけであったことや、製造用株もなく文献だけを頼りに医、理、工、薬、農学の研究者が共同で英国と時を同じくして大量生産に成功したことを考えれば、今回の登録は当然と言えるものと思います。なお、現在は岐阜県各務原市の内藤記念くすり博物館に所蔵されています。

http://sts.kahaku.go.jp/material/2019pdf/no276.pdf