筋肉増強剤(アナボリックステロイド)と動物用医薬品

掲載日:2019.11.05

ボディビル大会の映像をみると、とても人間とは思えないほどに筋肉のついた男女の身体を見ることがあります。貧弱な体つきの者としては羨ましいと思う反面、通常の筋トレ(筋力トレーニング)でこのような体形になることに疑問を感じる方も多いと思われます。当然ながら筋トレの結果であれば問題ないのですが、筋肉増強剤であるアナボリックステロイドを使うことも多いようです。9月5日の読売新聞によると、筋トレ愛好家に健康被害が広まっている恐れがあるとして、厚生労働省が筋肉増強剤としてのアナボリッックステロイドの利用状況や流通経路などの調査に乗り出したことが報道されています。また、インターネットで容易に海外から購入できるため、危険性が高いと判断した場合は輸入規制も行うことも考えているそうです。今回はアナボリックステロイドの概要を紹介するとともに、動物用医薬品との関連も紹介したいと思います。

アナボリックステロイドは生体の反応によって外界より摂取した物質からタンパク質を作り出す作用、すなわちタンパク同化作用を有するステロイドホルモンの総称をいい、多くは男性ホルモン作用も持っています。炎症の制御、炭水化物の代謝、タンパク質の異化、血液の電解質のレベル、免疫反応など広範囲の生理学系に関わっており、ストレス、侵襲などさまざまな影響によって分泌され、ステロイドと言っても医薬品として使用される副腎皮質ホルモンとは全くの別物になります。アナボリックステロイドは、短期間での劇的な筋肉増強を実現するとともに、自然で得ることのできる水準を遥かに超えた筋肉成長を促す作用から、運動選手らの間で長年にわたり使用されてきました。筋肉の増強作用は顕著であるものの、多くの副作用が知られており、例えば肝障害、肝臓癌、前立腺癌、高コレステロール血症、高血圧症、心筋梗塞、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、性腺刺激ホルモン分泌低下性機能低下症、体液性免疫異常、ニキビ、筋断裂、毛髪の消失、しゃがれ声化あるいは金切り声化などです。国立がん研究機関によれば、ヒトに対する発がん性(Group2A)を有し、白血病の発症リスクを有意に上昇させることも知られています。

一方、アナボリックステロイドはタンパク同化作用や成長促進作用を利用して、牛の肥育の際の成長を促進するために使用されており、肥育ホルモン剤(成長促進剤)と呼ばれています。これを肉用牛に使用すると、肥育速度や飼料効率を改善する経済効果があると考えられており、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの牛肉輸出国で広く使われています。肥育ホルモン剤には、自然に存在するホルモンを製剤とした天然型と、化学的に合成された合成型があります。現在、牛に使用されることが世界的に知られている天然型のホルモン剤としては、17β- エストラジオール(estradiol 17β)、プロゲステロン(progesterone)、テストステロン (testosterone)があり、合成型のホルモン剤としては、酢酸トレンボロン(trenbolone acetate)、酢酸メレンゲステロール(melengestrol acetate)、ゼラノール(zeranol)があります。日本ではかって血中濃度が生理的な変動値以下であるとの理由で天然型の肥育ホルモン剤が使われていた経緯がありますが、現在は全く使用されていません。また合成型は過去にも現在にも国内で使われたことがありません。ところが、欧州共同体(EC)は、成長促進を目的としてホルモン作用を有する物質を牛に使用することをEC 指令により禁止し、併せて、1989 年、これらを使用した牛肉及び 牛肉製品の輸入も禁止しました。この措置は、米国及びカナダとの間で長期間にわたる貿易紛争となっています。

話を戻しますが、アナボリックステロイドをスポーツ選手が使用した場合、通常の練習で得た以上に運動能力を向上させる可能性があるため禁止薬物とされています。公正さを基本とするスポーツ競技において、ドーピングは重大なルール違反であるとともに、選手の健康そのものにも影響を及ぼす危険な行為と言えます。禁止薬物について記載した、「薬剤師のためのアンチ・ドーピング ガイドブック 2019年版」(https://www.nichiyaku.or.jp/assets/uploads/activities/guidebook_web2019.pdf)によれば、合成型肥育ホルモン剤であるトレンボロンやゼラノールが含まれています。まさか動物用医薬品を使っていないだろうと思う反面、さらに筋肉をつけたいとか、記録を伸ばしたいという際限のない人間の欲望を深さを垣間見る思いです。