伴侶動物の輸血事情

掲載日:2019.09.30

伴侶動物に対する獣医療の進歩は目覚ましいものがあります。従来ならできなかった高度な外科的な治療も大学以外の多くの伴侶動物病院で実施されるようになりました。また、CTやMRIなどの高額な診断用の医療機器を備えた施設も増えています。しかし、いくら細心の注意を払っても避けて通れないのは外科手術での出血になります。そこで必要な処置となるのが輸血です。2018年3月19日のコラムで輸血に潜む危険性の話題を提供しました。今回は日本における伴侶動物に対する輸血の供給体制と血液型についてお知らせしたいと思います。

主に外科手術時に必要とされている輸血用血液製剤や血漿製剤は残念ながらわが国では医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)で承認されていない状況です。以前は犬の輸血用血液を販売している会社があったのですが、残念ながらすでに廃業しています。また、止血効果が期待できる血漿製剤もない状態なのです。したがって、臨床獣医師は常に失血死と隣り合わせで手術を実施していることになります。そこでどうしても輸血を実施したい動物病院では薬機法に抵触しないような図に示す輸血スキームを構築しています。まず供血犬を病院で飼育し、輸血が必要な場合は採血して輸血しているのです。次に動物病院で篤志家の飼い主にお願いして飼い犬や猫を登録し、必要な時に献血をお願いして輸血しています。ただそれほど多くの登録がないのが実情のようで、常に不足している状況です。

それではある動物病院の供血犬や登録犬の血液を、輸血を必要としている動物病院に提供することは可能なのでしょうか?残念ながら、未承認薬である血液を反復継続して提供していれば薬機法違反になります。つまり未承認薬の販売と販売業の許可がないのに医薬品を他の動物病院に提供することは、お金の授受が伴わなくても販売業とみなされるのです。したがって、自分の病院で血液を賄う必要があり、さらなる高度な獣医療を提供するための非常に大きな障壁となっているのです。

次に輸血を実施するに当たって問題となる犬や猫の血液型についても情報を提供したいと思います。犬の血液型はヒトのABO式と異なり、DEA(Dog Erythrocyte Antigen: 犬赤血球抗原)式というものです。現在、10種以上の血液型が発見されているようですが、国際的に認知されているのは8種と言われています。DEA1.1、DEA1.2、DEA3、DEA4、DEA5、DEA6、DEA7、DEA8の8種です。それぞれの抗原があるかないかで表現されることから、ヒトに比べて非常に複雑です。輸血の場合、DEA1.1が非常に重要で、検査キットで陽性か、陰性を調べます。DEA1.1が陰性の場合は、血液を輸血用に提供することができますが、DEA1.1の犬から輸血を受けることができません。さらに安全性を高めるために交差試験(クロスマッチテスト)といって、輸血する犬の血液と輸血される犬の血液を混ぜて、固まるかどうかを確認します。固まれば体内で固まることになり、輸血はできないことになります。一方、猫の血液型は、A、B、ABの3つに分類されます。犬と同様に判定用キットが市販されているようです。異なった血液型の輸血を行うと溶血といって赤血球が破壊され重篤な副作用が発生します。A型の猫にB型の血液は輸血することはできません。しかし、逆にA型の猫が持つ抗B型抗体は弱いので、B型の猫にA型の血液を輸血することは可能なようですが、いろいろな副作用を考えれば血液型を一致させることが良いと思われます。さらに血液型が一致しても血液を提供する犬や猫が健康でなければなりません。先のコラムでも指摘したように血液にはさまざまな病原体が混入する危険性があるのです。基本的には市販されているワクチンを投与し、大人しくて大型の動物であることが望まれます。また輸血されていないことも危険性を回避する意味で必要な条件であると思います。血液には未知の病原体が混入する危険性が常に伴うのです。

以上のように獣医療が高度になるのに伴い必要な輸血用血液や血漿製剤の供給体制が不十分である実態をご紹介しました。近年、伴侶動物医療が目覚ましい発展を遂げているタイを見てみますと、獣医系大学の附属動物病院には血液バンクが設置されており、多くの献血が行われています。タイは熱心な仏教国であり、国民すべてに施しの精神が浸透されています。富む者は貧しき者に、健康な者は病気の者にというように、健康な動物の血液は病気の動物に提供されているようです。献血はボランテイア精神がなければ成立しない制度ですので、健康な犬や猫を飼育する皆さんに是非とも登録をお願いしたいものです。また、以前に活動していたように製薬企業の皆さんにもこの分野への積極的な参入を期待したいと思います。