ネコアレルギー対策用ワクチンの開発

掲載日:2019.08.19

アレルギーとは、ダニや花粉などのアレルゲンによる免疫反応に基づく生体に対する全身的または局所的な障害をいいます。代表的な障害として、アナフィラキシーショック、アレルギー性鼻炎、結膜炎、気管支喘息、蕁麻疹などがあります。2011年のリウマチ・アレルギー対策委員会報告書によれば、わが国の全人口の約2人に1人が何らかのアレルギー疾患に罹患しており、急速に増加していると結論づけています。まさに国民病と呼ぶのにふさわしい疾患となっているのです。

一方、最近の複雑化した社会を生き抜くには、イヌやネコなどの伴侶動物に癒しを求めて、イヌやネコは飼い主である人間と一緒に生活する機会が増しています。ペットフード協会の2018年度の調査によれば、イヌの飼育率は12.6%でネコは9.8%と、非常に多くの世帯で伴侶動物が飼育されているとされています。また、最近の傾向として散歩や外出時以外を含めて室内飼育が一般的で、イヌでは85.6%、ネコでは89%が主に室内で飼育されています。したがって、人間と最も近いところにイヌやネコがいることになります。同時に正確な日本での疫学調査はありませんが、イヌやネコに由来するアレルゲンによる動物アレルギーに悩まされている飼い主が少なからずいることも知られており、その対策が求められているのです。

前段が長くなりましたが、8月16日の時事通信によれば、スイスのバイオベンチャー企業がネコアレルギー対策用ワクチンを開発し、飼い主に対するネコアレルギー症状の軽減に効果がありそうだとの報道をしています(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190816-00000059-jij-sctch)。そこで今回は、ネコやイヌアレルギーに関する情報を提供するともに、このワクチンの概要について紹介したいと思います。

動物により引き起こされるIgE抗体を介する即時型過敏症としては、喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、アナフィラキシーがあるとされ、最も頻度が高いものです。これらの過敏症を引き起こす主なアレルゲンですが、ネコではFel d 1から8までの8種が知られており、イヌはCan f 1から7までの7種が知られています1)。この内、ネコではFel d 1が主なアレルゲンとされ、ネコアレルギー患者の90%以上が陽性を示します。一方、イヌではCan f 1が主要なアレルゲンでイヌアレルギー患者の60%以上が陽性であり、Can f 5にも陽性といわれています。今回報告されたワクチンとも関連しますので、Fel d 1についてさらに説明したいと思います(表1)。Fel d 1は30~38kDaの上皮粘膜から分泌される低分子タンパク質ファミリー(secretoglobin)に属するタンパク質で、CH1(chain 1/Fel d 1-A)とCH2 (chain2/Fel d 1-B)遺伝子により産生されます。産生場所は当初、猫の毛づくろいの習性のため唾液のなかにあるものが毛についたと考えられていました。しかし、その後に猫を毛づくろいできないように体の一部をおおい隠して検討したところ、隠した部分と他の部分のアレルゲン量が同じであったことから、Fel d 1は唾液だけでなく皮脂腺や皮膚など体の表面にもあることが判明しました。雌ネコの産生量は雄より低いとされ、去勢ネコも雌と同じく低いレベルですが、ネコアレルギーを誘発することには違いがありません。純粋のシベリアネコのFel d 1の産生量が低いことが知られていますが、品種との関連は不明な点が多いようです。

アレルゲンを含めネコアレルギーとイヌアレルギーの概要をまとめたのが表2になります。全般にネコアレルギーの方の対策が進んでいるようで、皮膚テストや免疫治療用の抽出物がありますし、免疫治療の臨床効果も認められているようです。ただし、両アレルギーともにワクチンは実用化されておらず、低アレルギー動物はありません。ネコアレルギーの方が問題視される理由は、イヌが外で飼育されるので人間との接触が少なく患者も少ないからと説明されています。しかし、先に述べたように現在は両方共に屋内飼育が主体ですので接触頻度は変らないように思います。それなのにイヌアレルギーに比べネコアレルギーがより注目されるのは、アレルゲン量が多いのか、アレルゲンそのものの活性が高いのかもしれません。それではネコやイヌアレルギーに対する対策は何なのでしょうか?確実な対策はアレルゲンに触れないこと、つまりイヌやネコを飼わないことになります。これでは何の解決策にもなりませんので、具体的にいえば、まず、家の中の掃除を徹底することです。Fel d 1は分子量も小さく室内空間に浮遊しているので床やカーペットに付着していると考えられます。空気清浄器も空中に浮遊するアレルゲンの低減化に有効と考えられます。次に、ネコの体をできる限り清潔に保つことです。シャンプーやブラッシングはアレルゲン量を減らす効果があります。後はアレルギーの専門医を受診し、アレルギー抑制剤の服用を行うことです。本来ならアレルゲンの少ないネコが居れば良いのですが、なかなか困難な状況です。そこでワクチンによりアレルゲンを低減化させようと考えたのだと思われます。

では今回のニュースの元となった論文2)の概要を紹介します。これはネコをFel d 1で免疫することにより、人間のFel d 1誘発性アレルギーを予防することを目的に実施されたものです。まず使用したワクチンですが、組換Fel d 1と破傷風毒素由来の普遍的なT細胞エピトープtt830-843を含むキュウリモザイクウイルスに由来するウイルス様粒子の混合ワクチンになります。この部分は今回の研究の最も肝になるもので、自己抗原(Fel d 1)に対する自己寛容を回避するためにT細胞エピトープを付加したワクチンを用いたところにあります。さらに抗原のキャリアープラットフォームとして植物ウイルス様粒子を用いたことが特徴といえます。このワクチンには明らかな副作用は認められず、投与された54匹すべての猫に強くて持続的な特異的IgG抗体を誘導しました。この抗体は試験管内あるいは生体内で強力なFel d 1の中和活性を示し、内因性のアレルゲンレベルを低下させ、涙のアレルゲン誘発性を低下させました。以上のことから、実際に飼い主への効果に関するデータはありませんが、ワクチンを投与したネコは中和抗体を産生し、ネコアレルギーである飼い主の症状を軽減する可能性があると述べています。

このように極めて斬新的なアイディアで作成されたワクチンでネコを免疫し、人間のネコアレルギーを予防しようとする試みですが、承認申請するに当たって薬機法的に様々な問題を提起するものと考えます。つまり、Fel d 1自身はネコに対して病気を誘発するものでないもので、このワクチンは投与したネコの病気を予防するものでも、治療するものでもないことです。あくまで飼い主に対するアレルギー誘発を抑制するためのものであり、これが動物用医薬品なのかどうかということは議論されるものと思います。どちらかと言えば公衆衛生対応型ワクチンであり、これまでも鶏サルモネラ症ワクチンでも似たような状況でありました。したがって、日本で承認申請する場合は規制当局と十分な検討をする必要があると思います。いずれにしても、新規性の高い本ワクチンが実用化されれば、アレルギー体質を持つ愛猫家にとって朗報ですし、捨てネコが減り、家庭での飼育率の向上につながっていけば嬉しい限りです。

 

1)Chan SK and Leung DYM: Dog and cat allergies: Current state of diagnostic approaches and challenges, Allergy Asthma Immunol Rev 10(2):97-105, 2018.

2)Thomas F., et al.: Immunization of cats to induce neutralizing antibodies against Fel d 1, the major feline allergen in human subjects, J Allergy Clin Immnol, 144(1):193-203, 2019.