訃報(中村政幸先生)

掲載日:2019.06.24

元北里大学獣医学部人獣共通感染症学研究室の教授であった中村政幸先生が、6月5日の昼に薬石効なく亡くなりましたのでお知らせいたします。享年74歳でした。先生は大学へ異動する前に18年5ヶ月間にわたり農林水産省動物医薬品検査所(動薬検)検査第一部細菌製剤検査室長および鶏病製剤第二検査室長を歴任し、動物用ワクチンの国家検定にも深く携わって居られました。また、大学においても鶏病ワクチンに関する情報を盛んに発信しておられましたので、ご存知の方が多いと思われます。私は同僚であり共同研究者であるとともに、お互いの子供が幼稚園から高校まで一緒で、官舎も隣同士と公私共に非常に親しくお付き合いさせていただきました。ここに生前の感謝を込めて先生の研究業績を中心にその生涯をご紹介し追悼したいと思います。

先生は東京農工大学農学部を卒業されてから修士課程を終えて東北大学大学院農学研究科博士課程に進学されました。学位論文はうろ覚えですがブルセラ菌の菌体成分に関する研究で、実験室内感染という稀有な経験を経て学位を取得され、そのまま助手に採用されました。研究論文の著者とともに症例報告の患者を経験された数少ない細菌研究者でした。1977年4月に東北大学農学部家畜衛生学講座の助手から動薬検に異動して、最初に所属したのは検査第二部薬剤作用検査室でした。元々この検査室に勤務して薬剤耐性菌について精力的に研究をしていたのは寺門誠致先生で、寺門先生の家畜衛生試験場への異動と入れ違いで勤務されたことになります。したがって、好むと好まざるとに関係なく直ぐに薬剤耐性菌関連の業務を実施することになりました。特筆すべきは、1992年から2年間にわたって農林水産省が計画した全国的な薬剤耐性菌調査を主導されたことでしょう。調査の目的は、1976年に制定された「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」により、家畜の飼料に混ぜる抗菌薬を厳密に治療用の動物用医薬品と成長促進用の飼料添加物に区別して規制を強化した影響を検証することでした。調査は35都道府県の家畜保健衛生所で実施したもので、事前の研修会も中村先生を中心に実施されたものです。このような業務を実施する中、耐性菌に関わる研究にも従事することになりました。ただ先生は耐性菌そのものの細菌学に進むことなく、動物体内での耐性菌の出現と予防対策に興味を持たれたようです。そこで思いつかれたのは薬剤感受性大腸菌を先に腸管内に定着させ、後から侵入する耐性大腸菌の定着を阻止させようとしたことです。実験が容易で入手が簡単な鶏を用いて実験を開始しました。保存していたヒナ由来の薬剤感受性大腸菌の中からヒナの腸管に長期間定着が可能な株を選抜することができたのです(J.Appl.Bacteriol. 55:225-231, 1983.)。後年、鶏ヒナのサルモネラ感染に対する防除策として、健康な成鶏の糞便をヒナに投与してサルモネラ感染を予防するヌルミ法(フィンランドのヌルミ博士が考案)に興味を持たれた原点がここにあります。

その後、当時の尊敬する佐澤弘士動薬検所長の勧めもあり細菌のDNA研究に進むため、東京医科歯科大学のプラスミド研究で著名な中谷林太郎教授の下で研修を受けています。今では考えられないことですが、検査指導機関である動薬検から先端技術研修の許可を得ることに随分と苦労したことを、後年、酒の席で何度も聞いたことがありました。研修の終わりに中谷先生からDNA研究の必需品であったギルソン社製のピペットマン一式を頂いたことを非常に喜んでおられ、後の研究に大いに活用されました。研修後に直ぐに取り組んだのがサルモネラの病原プラスミドの研究で、この研究が先生を代表する研究となりました。研究を実施する上で強力な後ろ盾となったのは、大学の先輩であり中村先生が最も信頼していた元家畜衛生試験場でサルモネラ担当であった佐藤静夫先生でした。サルモネラの病原プラスミドとしては、Sallmonellla Typhimuriumの60Mdプラスミド(Jones et al.,, 1982)が、S.Dublinの50Mdプラスミド(Terakado et al., 1983)が報告されているに過ぎず、中村先生が取り組んだのが鶏卵からヒトへの伝播が問題視されていたS.Enteritidisの36Mdプラスミドでした(Infect.Immun., 47:831-833, 1985)。まず取り組んだのは36Mdプラスミドにマーカーを入れることで、当時プラスミド研究の最先端の研究をされていた東京大学医科学研究所の吉川昌之介教授から分与されたマーカー用のプラスミドを用いて実験が開始されました。なかなかマーカーが入らなかったのですが、ある時、間違って高温の恒温水槽に菌液を短時間浸したことが切っ掛けでマーカー導入に成功したのです。普通では失敗すれば実験を再度繰り返すのですが、失敗してもしつこく継続して実験をした結果でした。何せせっかちな性格でしたので、繰り返す時間を節約するために実施したものと思い、中村先生らしい逸話となっています。この実験からデータが蓄積されるようになり、その成果を研究に対して非常に厳しい吉川先生に報告し励まされたことの感激をいつも話されていました。その後、研究は後輩でもある動薬検の鈴木祥子先生に引き継がれました。これらの研究は、「Salmonella Enteritidis由来36Mdプラスミドの病原学的意義と遺伝子解析に関する研究」として、1992年度日本獣医学会賞を授与されています。この研究以後にも、S.Gallinarum、S.Pullorum、S.Choraesuisなどにも病原性プラスミドが発見され、中村先生の研究が呼び水となったのです。

1980年後半からS.Enteritidis汚染卵による食中毒が世界的に発生したことから、WHOは1989年に防除法を探るための緊急会議を招集しました。先の研究報告から中村先生が招待され講演を行いました。これを切っ掛けに、研究テーマとして「鶏のS.Enteritidis感染症」に移行し、終生にわたって鶏を中心とした感染症の研究となりました。鶏からの分離材料として盲腸便の有用性を示した研究は、以後のサルモネラ分離方法として盲腸便が使われる契機になりました。その時に中村先生が良く述べられていたキャッチフレーズが、「糞便からDNAまで」でした。真意は研究室での基礎研究は常に現場での応用を目指すものという考えによると思われます。それは大学での研究とは異となり、動薬検での研究の特殊性なのかもしれません。

1995年9月に請われて北里大学獣医学部家禽疾病学研究室の教授として十和田市に単身赴任しました。丁度その頃、日本でも鶏用サルモネラ不活化ワクチンが開発されるようになりました。企業に鶏のサルモネラ感染症に関する技術や知識が不足していることから、中村先生の研究室で評価する研究課題が急速に増えました。この研究を支えたのが某製薬企業から寄付された陰圧の動物感染実験施設でした。ほとんどが研究室の専用の施設で、卒論研究として鶏の感染試験が急速に増えた時期でした。これらの成果は、ほとんどが日本獣医学会家禽疾病分科会で発表されるため、分科会は中村研究室の卒論発表会のような有様でした。発表後の打ち上げは必ず実施しており、多くの学生を従えて学会の開催市の繁華街を闊歩する姿を良く拝見し学会名物ともなっていました。その後、研究テーマにカンピロバクターとインフルエンザウイルスが加わり、研究室の名称も人獣共通感染症研究室になりました。

これまで中村先生の主な研究業績を中心に紹介してきました。基礎から応用に至るまで広範囲にわたる研究人生であったことが窺われます。特に研究対象としたS.Enteritidisの病原性プラスミドの発見と遺伝子解析から、鶏から効率的な分離方法の確立、鶏サルモネラ不活化ワクチンの評価やサルモネラ対策としての競合排除法の応用などは良い例です。このような研究を推進する原動力になったのは、一つは多くの人との連携(絆)であったと思われます。いつも先生の周りにはいろいろな方々が研究をサポートしており、先生もそのような方々を大事に思っていました。そのことを折々に触れて「human network」と称して重要性を説かれていました。二つ目は研究にメリハリをつけるための、頭を切り替える多くの趣味をお持ちであったことではないかと思います。思い出しても社交ダンスや料理、家庭菜園、カラオケなどの他、スポーツとしてもテニス、ゴルフ、スキー、散歩など多岐にわたります。いずれも未経験のものから自分で教本を読んで基礎知識を入れてから熱心に取り組み、難易度を高めていくというものでした。何事にも常に真剣に取り組む姿勢は終生変わることがありませんでした。また、酒とタバコをこよなく愛し、酒を潤滑剤にして多くの人達と交流をもつ姿から、中村先生と言えば酒というイメージが定着していたものと思います。晩年は拡張型心筋症という難病を始め胃がんや肺がんなど多くの病気に侵されながらも、いつも前向きで「多病息災」と会うたびに笑顔で話されている姿を思い出します。しかし、内情は複雑であったことは想像に難しくなく、度重なる病気で気が滅入りそうになっても、常に顔色を変えることがなく気丈に振る舞われておりました。その精神力の強さにただただ脱帽するしかありません。大学の退職記念誌に以下のようなことを書いています。「私は、病気に対しては精神的に負けないことがポイントと思っています。ある意味、病気は本人の責任だといえる部分が多くあります。」とあります。まさに太くて短い豪快な人生で、研究以外でも我われのこころに深く記憶を残された稀代の先生であったと思います。今はただ全ての病気から解放され、心安らかにお眠り頂きたいと切に願うだけです。

合掌

                           動物薬教育研究センター

                             田村 豊