JVARMの設立背景と意義

掲載日:2019.06.10

JVARMとは、農林水産省が実施する動物衛生分野における薬剤耐性モニタリング制度のことを言います。英語名であるJapanese Veterinary Antimicrobial Resistance Monitoring Systemの頭文字をとって名付けられたものです。お陰様で1999年に開始されて今年で20周年を迎えます。そこで今回はその設立背景と意義について書きたいと思います。

従来、家畜由来の薬剤耐性菌は、家畜に使用する抗菌薬の効果を失わせる現象を担うものとしか考えていませんでした。ところが、1968年に英国で設置された「畜産および獣医学における抗生物質使用に関する合同委員会」は、翌年の1979年に委員会報告書(Swann Report)を英国議会に提出し、事態が一変することになりました。報告書では、家畜の成長促進目的で使用される飼料添加の抗菌薬は、薬剤耐性菌やRプラスミドの増加を促す原因ともなり、ひいては人および家畜の健康を損なう恐れがあるので、十分な規制措置が必要であることを勧告しました。公式報告書として初めて家畜由来耐性菌の人の健康への影響が指摘されたことから、非常に大きなインパクトを各国政府に与えることになりました。そこで農林水産省は、従来、飼料添加の抗菌薬の定義が曖昧であったものを、1976年に「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」(飼料安全法)の改正により、治療目的の動物用医薬品(飼料添加剤)と成長促進目的の飼料添加物に厳格に区別し規制を強化することになりました。

飼料安全法の改正が薬剤耐性菌の動向に与える影響を検証するため、1976年から1977年の2年間にわたり、全国的な家畜由来耐性菌に関する調査が実施されることになりました。これがわが国で実施された最初の全国調査であり、これまでは大学や研究機関が特定の地域での限られた調査成績しかありませんでした。丁度同じ時期である1973年に北海道大学から動物医薬品検査所(動薬検)に異動された寺門誠致先生が豚の萎縮性鼻炎の原因菌であるBordetella bronchisepticaの薬剤耐性がR因子(R プラスミド)により支配されるという研究論文を公表した時期とも一致します。この研究を契機に家畜衛生分野でもRプラスミドの研究が盛んになった時期でもありました。この農林水産省が実施する全国調査では、38都道府県の家畜保健衛生所で調査を実施するため、手技の統一化を図ることを目的に寺門先生を中心に研修会が動薬検で開催されました。研修会では最新の耐性菌に関する情報を家畜保健衛生所の職員に講義し、薬剤感受性試験方法(寒天平板希釈法)やRプラスミドの接合伝達試験などの実技の指導も行われました。研修会の最後には薬剤感受性試験のための試薬や接合伝達試験の受容菌の配布も行われました。また、寒天平板希釈法を効率的に実施するに当たり、一度に多数の菌株を同時に接種する手製の接種器(当時はガチャンコと呼んでいました)や試験管などの一式の実験道具も配布されました。この研修会以後は家畜保健衛生所でも独自に耐性菌調査が実施されるようにもなりましたし、接合伝達試験も普通に行われるようになりました。今も古い家畜保健衛生所には受容菌株や道具が残っているのではないかと思います。その後、1992年から1994年にかけても35都道府県の家畜保健衛生所で家畜由来の耐性菌調査が実施されました。その指導を行ったのが東北大学から異動してきた中村政幸先生でした。これらの耐性菌調査により全国的な家畜由来耐性菌の現状が次第に明らかになり、JVARMの設立に繋がっていきました。

JVARMの設立には、国際機関を含む海外の動向が深く関与しています。まずEUの動きを紹介しますと、1986年にスウェーデンで成長促進目的の抗菌薬の使用を全面的に禁止しました。これは科学的根拠というより消費者の意向を政治家が取り上げた結果と言われています。その後、1995年に医療で重要なバンコマイシンと同系統のアボパルシン(AVP)の成長促進目的での使用をデンマークが禁止しました。AVPを使用することにより、医療で重要視される院内感染の起因菌であるバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)が増加するとの理由でした。この動きを見ていた農林水産省は、動薬検と肥飼料検査所にAVP使用とVRE出現の関連の調査を依頼しました。ここで威力を発揮したのは、先の全国調査のネットワークでした。短期間で47県の鶏農場から集めた糞便を対象に調べたところ、AVP使用農家からVREが分離され、未使用農家からは分離されませんでした。この調査結果を受け、1997年にAVPと同系統のオリエンチシンの飼料添加物の指定を取り消したのでした。その後EUでは、成長促進目的での抗菌薬の使用を禁止する動きが先鋭化し、2006年には全ての成長促進用の抗菌薬を禁止しました。一方、WHOは1997年と1998年にかけて家畜における抗菌薬の使用が医療に及ぼす影響に関する会議を開催しました。その中で、家畜由来耐性菌の医療への影響に関する科学的な根拠は明確でないものの、耐性菌対策として家畜における薬剤耐性に関するモニタリング(サーベイランス)の実施を勧告したのです。そこで各国の薬剤耐性サーベイランスの取組み状況を把握する目的で、1999年にWHOは「食品媒介性病原菌の抗菌剤耐性サーベイランスに関する情報交換と成績の共有化」の非公式会議を開催したのです。会議では農林水産省から1976年からの全国的な耐性菌調査について紹介したところ、日本を除く先進国ではすでに人、動物、食品由来耐性菌の統合されたサーベイランス体制が確立し稼働している実態が明らかにされました。これは農林水産省にとって衝撃的なことであり、早速、会議の議事内容は動薬検を通じて本省に上げられました。さらにOIEは家畜衛生専門の国際機関として薬剤耐性に関する専門家会議を開催し、2002年に抗菌剤の慎重使用、リスク分析、抗菌剤使用量、薬剤感受性試験法、サーベイランスの5つのガイドラインを作成し公表しました。これが後のJVARMの基本的な制度として活用されました。

先に述べた国際機関の活発な活動と同じ時期に、動薬検では家畜の病性鑑定材料から分離した野外流行株の薬剤感受性調査を毎年実施していました。これは1995年に施行された製造物責任(PL)法により、製造物に欠陥が生じた場合の製造業者等の損害賠償責任について規制が強化されたことを受けた対応でした。動物用医薬品も製造物であり、その許認可を与えた農林水産省にも関連することから開始された耐性菌調査でした。一方、先に述べた1999年のWHO非公式会議により家畜由来の耐性菌調査体制が先進各国から非常に遅れていることを憂慮し、1999年から予備的に野外流行株の薬剤感受性調査に付加する形で健康な家畜由来耐性菌調査が実施されることに成ったのです。ここで基本的な形が整いJVARMとしての活動が開始されることになったのでした。業務を開始するに当たり、国際会議などで先進国の耐性菌調査制度が略語で呼ばれていることを勘案し、JVARMと名付けられたのでした。

JVARMの立ち上げに当たっては、本省の了解の下、動薬検の意向が強く反映する形で進められました。それは当時の大前憲一所長が海外の動きに強い危機感を覚え積極的に動いてくれた結果でした。もともと大腸菌のカルバドックス耐性に関する研究で学位を取得していた耐性菌の専門家でもありましたし、1976年の最初の全国調査についても本省から応援していました。当時の限られた動薬検の予算を大幅にJVARM設立に配分し、実験室の改造や関連備品の整備、人員の配置など実行しました。一応の形が整えられたことから全国の家畜保健衛生所に家畜糞便の送付を依頼し、抗生物質製剤検査室の室員3名とパートの臨床検査技師で大腸菌、腸球菌、サルモネラ属菌、キャンピロバクター属菌を分離同定し、薬剤感受性を調べることからJVARMの業務が開始されたのでした。

これまでJVARMの設立背景を述べてきました。JVARM開始当初から日本の家畜由来耐性菌の現状を世界に発信しようと、担当者がそれぞれの対象菌種について、英語論文で公表することを義務としてきました。これまで年平均4編以上の論文が海外の専門誌に掲載されています。また、複数年度ごとに区切った英文報告書を作成し、動薬検のwebサイトから世界に発信しています。今では世界でも有数の家畜由来耐性菌のモニタリング制度と認識されるに至っています。2014年にWHOが公表した薬剤耐性のサーベイランス報告書にも代表的な耐性菌モニタリング制度として取り上げられています。JVARMを開始し継続する意義としてはいくつかあると思います。まず、1999年以前は一部の偏狭的な医学関係者から医療で問題となる耐性菌の由来は家畜であるということを真しやかに主張されましたが、全てが家畜由来ではないだろうと思いつつ科学的な裏付けデータがないために随分と悔しい思いもしました。しかし、JVARMにより科学的なデータが積み重ねられてきた結果、耐性菌の動向が明らかとなり科学的に反論もできるようになったことです。今では耐性菌の医療や動物での実態が明らかにされてきており、農林水産省の耐性菌対策も一定の評価を頂けるようになりました。また、耐性菌対策で重要な家畜での抗菌薬の使用量を医療に先駆けて公表できたことも意義深いことでした。特に製造・輸入業者のご尽力により動物種ごと推定販売量を公表したことも評価を受けており、今では医療での抗菌薬の使用量も公表されています。さらにJVARMの運営に直接的や間接的で関わった獣医師の多くは耐性菌研究者として国家機関や大学などで活躍していることも指摘したいと思います。業務の中で得られた耐性菌に関する成績をまとめる中で、疑問点や興味ある部分を追求し、英語論文として公表する中で研究者として成長してくれたものと確信しています。以上、JVARMの設立背景と意義について述べてきました。今20年を経過しましたが、耐性菌問題の重要性は益々高まっており、JVARMの存在意義も益々高まっています。この20年間の歴史を基礎としてJVARMがさらに発展することを祈っている次第です。