豚コレラ対策としての予防的殺処分とは?

掲載日:2019.05.06

昨年の9月9日に岐阜県の養豚農家で発生した豚コレラは、愛知県を含めて半年を過ぎても続発しており全くゴールが見えない状態が続いています。今回の発生を受け、農林水産省が定める「豚コレラに関する特定家畜伝染病防疫指針」1)に則り患畜や疑似患畜の摘発淘汰が行われてきましたが、残念ながら豚コレラの発生を終息させることができず現在に至っています。そこで豚コレラウイルスの重要な運び屋となっている野生イノシシに対してドイツ製の経口ワクチンの散布を決定し実施しているところです2)。しかし、依然として両県における発生は継続しており、養豚農家が希望する豚コレラ生ワクチン投与を含めた次の対策が求められています。そんな中、吉川貴盛農林水産大臣は4月23日の閣議後の記者会見で豚コレラの発生拡大防止の強化策として、監視対象農場を対象に豚の早期出荷や、感染していない農場の豚も殺処分する予防的殺処分も視野に入れて検討を進めていることを明らかにしました。感染の懸念が残る農場から豚コレラウイルスに感受性を持つ唯一の家畜である豚を一度全て居なくして感染経路を遮断し、感染拡大のリスクを断つのが目的となります。農家にとって財産であり家族である豚を、病気でもないのに失うことに不満がある対策であることも事実です。そこで今回は予防的殺処分について考えてみたいと思います。

わが国で家畜伝染病の対策として予防的殺処分が行われたのは、2010年3月頃に宮崎県で発生し、2010年7月4日に終息確認した口蹄疫の流行に遡ることができます。最終的に口蹄疫の発生で29万7808頭の家畜を殺処分し、畜産関連の損失は1400億円、関連損失が950億円となり日本の畜産史上未曾有の被害となりました。この時に蔓延防止策として備蓄用の口蹄疫不活化ワクチンが使用されました。このワクチンはそもそも発病を抑えても感染を完全に防ぐことができないという基本的な問題があります。また、ワクチンを接種していても、感染後ウイルスが無症状で体内に長期間持続的に感染して、ウイルスを排泄し拡散させてしまうのです。さらにワクチンを接種した家畜に抗体が産生されるため、抗体が検出された場合にワクチンのよるものか、または感染によるものかの判断が困難になるのです。ではなぜこのようなワクチンを使用したのでしょうか?それは感染が急速に拡大する中、不完全ながら新たな感染を抑制し、感染家畜から排出するウイルス量を減らす効果があるからです。また、患畜や疑似患畜を殺処分し埋却するのには相当の時間がかかりますので、ワクチンにより時間稼ぎをする必要があったのです。ワクチンを接種した家畜は、口蹄疫の流行を完全に阻止するため一定期間の後に殺処分する必要があります。また、ワクチン接種を実施した農家の経済的な損失を支援する必要があります。しかし、当時の家畜伝染病予防法に基づく殺処分を命じることができるのは発生農場で飼育される患畜や疑似患畜に限られていました。そこでこの問題を解決するため2010年6月4日に口蹄疫の蔓延を防止するための措置、口蹄疫に対処するために要する費用の国による負担、生産者等の経営及び生活の再建のための措置等の特別の措置について定める「口蹄疫対策特別措置法」が制定されました。なお、この法律は2012年3月末までの時限立法でした。この対策を含めた総合的な対策と防疫に携わった方々の努力により、凄惨を極めた口蹄疫が終息したのでした。農林水産省は口蹄疫終息後に「口蹄疫対策特別措置法」に基づく措置の検証を行うため、「口蹄疫対策検証委員会」を設置しました。委員会報告書では、問題点として、①国と都道府県等の役割分担が不明確であり、連携も不足していたこと、②農家段階において飼養衛生管理基準が守られていなかったこと、③異常畜の発見の見逃しや通報の遅れがあり、感染を広げる大きな原因となったこと、④予防的殺処分について、経済的な補償を含めた法的裏付けがなく、その決定及び実行に時間がかかった等を挙げ、 発生の予防、早期の発見・通報、円滑な初動対応が最も重要であると指摘しました。そこで委員会報告書での指摘を受け、さらに高病原性鳥インフルエンザの続発や韓国での口蹄疫の発生状況を踏まえた、「家畜伝染病予防法の一部を改正する法律」が公布されました3)。その中で、口蹄疫の急速かつ広範囲な蔓延を防止するためやむを得ないときは、口蹄疫に限定して患畜及び疑似患畜以外の家畜の殺処分を行えるものとし(第17条の2)、その場合、国は、損失を受けた者に対し、補償しなければならない(第60条の2)ことが明記されました。

以上のような背景から、全く免疫もなく無防備の豚が感染性の極めて高い豚コレラウイルス感染に対抗するために、感染経路の遮断を目的に発生近隣農家を対象とする予防的殺処分という方策が考え出されたものと推察されます。この実施に当たっては、すでに述べたように現行の家畜伝染病予防法では対処できないことから、早急に新たな法的な根拠を確立する必要があります。また対象農家の理解を得る努力も求められます。仮に早期出荷や予防的殺処分が実行できても、今回の豚コレラの発生を終息させられるかは全く未知数であることも事実です。今後の推移に注視するとともに、これらの対策の有効性如何では豚コレラワクチンの豚への接種が現実味を帯びるものと思われます。

1) http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_bousi/attach/pdf/index-2.pdf

2) http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/douei/attach/pdf/190222_12-2.pdf

3) http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=326AC1000000166#516