耐性菌対策から病院排水を考える

掲載日:2019.04.01

日本の河川水の中から微量ながら抗菌薬が検出されることが報告されています。東京農工大学の研究グループは、特に郊外より都市部の河川で高濃度の抗菌薬が検出されることを示し、都市部ではマクロライド薬が、郊外ではサルファ薬が優勢であると述べています1)。このことは抗菌薬の由来として都市部では病院排水が、郊外では農場排水の影響が考えられます。従来、耐性菌の選択圧として作用するためには、最小発育阻止濃度(MIC)程度の抗菌薬濃度が必要と考えられていましたことから、環境から検出される極めて低い濃度の抗菌薬では選択圧にならないだろうと考えられていました。ところが最近の文献2)では、極めて低い濃度の抗菌薬が耐性菌の選択圧になることを示しており、環境に放出される抗菌薬は、耐性菌の選択や維持に影響すると報告されています。今回はこのような環境中に存在する抗菌薬の由来について考えたいと思います。

環境に存在する抗菌薬としてまず考えられるのは抗菌性の農薬でしょう。農薬とは農業用の薬剤のことで除草剤や殺虫剤などの他、抗菌薬も含まれており、環境に直接散布しています。2013年の抗菌性農薬の国内出荷量は約150トンで、その中には医学や畜産で使用されるストレプトマイシンやオキシテトラサイクロンやオキソリン酸が含まれています。また、畜産に使用される治療用や成長促進用の抗菌薬も糞尿から体外に排出にされており、堆肥を経由して農場に暴露されると考えられます。さらに、最も曝露量として大きいと考えられるのが、本日の主題である病院排水になると思われます。

病院の病院排水は下図に示すように下水道を経由して下水処理場に流入し、処理水が河川に流入すると考えられます。病院排水には一般生活排水のほか、特殊系排水として薬品系排水と感染系排水などがあります。これら排水には病院で使用する抗菌薬や薬剤耐性菌が含まれ環境に放出する可能性があるのです。しかし、病院排水を対象とした研究はほとんど行われたことがなく、その実態は不明でした。最近、日本の病院排水に関する興味ある成績3)が報告されたので紹介したいと思います。図で示すように病院で使用する多くの医薬品は病院排水に含まれており、赤枠で囲った抗菌薬に注目すると、下水処理場流入水とほぼ同じ濃度であることが分かります。下水処理場の生物処理により濃度が低下するものの十分な除去がなされず河川に流入しています。この時、病院で蔓延した多剤耐性菌の河川水への流入について見ると、論文ではCRE、ESBL産生菌、MDRA、MDRP、MRSA、VREは病院排水で最も多い生菌数(100~1,000CFU/mL)が含まれており、下水処理場流入水とほぼ同じ菌数でした。下水処理場放流水では河川水と同様に10~100倍生菌数が低下しており、生物処理の効果と考えられましたが、抗菌薬と同様、完全に除去することはできませんでした。しかし、オゾン処理をすることにより検出限界以下になることも分かりました。

ここで病院排水における法的規制状況を見てみると、さまざまな種類の排水が流されているものの、病院排水を対象とした法的規制はほとんど存在していません。工場などに適応される水質汚濁防止法の特定施設として300床以上の病院における厨房施設、洗浄施設排水、入浴施設排水だけが対象となっているのです。つまり、先に述べた薬品系排水や感染系排水は対象外となっているのです。水質汚濁防止法で対象となっている有害物質に抗菌薬はありませんし、微生物も大腸菌群の日間平均3,000CFU/mLという排水基準だけです。それでも日本医師会総合政策研究機構の調査4)によれば、28.4%の病院で独自の殺菌処理を行っているようで、特に解剖検査室、細菌検査室、病理検査室透析排水、感染病室や伝染病棟で実施されているようです。殺菌処理を実施する施設は多くは300床以上の規模の病院でした。殺菌処理の方法は、75%が塩素を用いるもので、残りが加熱殺菌あるいはオゾン処理でした。日本で300床以上の病院は18%に過ぎず、残りが小規模病院になり病院排水は直接下水管を経由して下水処理場に流入していると考えられます。海外に目を向けると、SARS騒動を契機に中国政府は病院排水を対象とした規制を強化しています。2005年7月27日に「医療機関の排水に含まれる汚染物に関する排出基準」が設定され、2006年1月1日から実施されています。どの程度の実効性が確保されているかは不明ながら、感染性排水には結核菌や腸管系病原菌、ウイルスが検出されないこととされています。

以上のようにわが国の病院排水には法的規制がない状態であり、病院排水に含まれる抗菌薬や耐性菌が環境に暴露される状況にあります。また畜産排水も同様に基準としては水質汚濁防止法が適応されているだけで、農場で使用された抗菌薬や選択された耐性菌が環境に暴露されているものと考えられます。現在、One Healthでの耐性菌対策が強化されている状況にあり、生態系における抗菌薬の選択圧をできる限り低減化することが求められています。したがって、環境での抗菌薬の由来となる施設に対する特別な排出基準を制定することは喫緊の課題と思われます。また、小規模病院では独自の排水処理施設を設置することは困難であることを踏まえれば、下水処理場の処理方法を改善し、現在の生物処理に加えて抗菌薬や耐性菌が完全に除去される方法の導入が必要に思われます。今回紹介した論文に示されたようにオゾン処理は、抗菌薬の濃度と耐性菌の菌数を下げる効果があることから、これを利用した新たな処理法を開発し活用することが期待されます。なお、今回は触れませんでしたが、海外では抗菌薬製品を製造する工場排水も問題視されており、獣医診療施設を含めて早期にわが国の実態調査が求められます。

https://www.oups.ac.jp/kenkyu/kenkyuushitu/kankyoubunsi.html

参考文献

1)Murata A, Takada H, Mutoh K, et al.: Nationwide monitoring of selected antibiotics: Distribution and sources of sulfonamides, trimethoprim, and macrolides in Japanese rivers, Sci Total Environ, 409:5305-5312, 2011.

2)Gullberg E, Cao S, Berg OG, et al.: Selection of Resistant Bacteria at Very Low Antibiotic Concentrations, PLOS Pathogens DOI:10.1371/journal.ppat.1002158 July 21,2011

3)Azuma T, Otomo K, Kunitou M, et al.: Environmental fate of pharmaceutical compounds and antimicrobial-resistant bacteria in hospital effluents, and contributions to pollutant loads in the surface waters in Japan, Sci Total Environ 657:476-484, 2019.

4)森 宏一郎:病院排水の処理状況に関する調査-病院排水のリスクを考える-, 日医総研ワーキングペーパー 158, 2008年1月29日 日本医師会総合政策研究機構