緑膿菌多価成分ワクチンと自家ワクチン

掲載日:2019.03.11

 

1984年にミンクの緑膿菌多価成分ワクチンが世界に先駆けてわが国で承認されました。このワクチンはわが国で最初の動物用の多価成分(component)ワクチンであったとともに、承認時に自家ワクチン(autogenous vaccine)に関する議論を巻き起こしました。今年が丁度、ワクチンの開発者であった本間 遜先生の生誕100周年に当たるということもあり、このワクチンの概要を紹介するとともに自家ワクチンについても考えてみたいと思います。

緑膿菌は自然界に広く分布する細菌であり、ヒトや動物にさまざまな感染症を引き起こします。もともとは病原性が強い細菌ではありませんが、宿主が易感染状態になっていると重篤な感染症を引き起こします。動物で重要な緑膿菌感染症は、牛の乳房炎、馬の細菌性角膜炎と、本日のテーマでもあるミンクの出血性肺炎(MHP)になります。1970年代の終わりころから良質な毛皮生産のため、北海道を中心に農家が副業的にミンクの飼育を始めました。当時、毛皮ブームもあり1971年には1,600万頭分のミンクの毛皮が輸出されています。北海道の農家は冬季に収入が少なくなるため、冬季の現金収入源としてミンクを飼育していました。極寒の地ほど良質の毛皮が生産されるため、北海道で盛んに飼育されるようになったようです。そんなミンク農家にとって最大の脅威がMHPでした。これはミンクが緑膿菌に感受性が非常に高く、農家でMHPが発生すると短期間に多くのミンクを失うほどの高い死亡率が特徴であったからです。北海道の在る発生農場の疫学調査によれば、2か月間で7595頭中1883頭(24.8%)も失ったことが記録されています。感染の増悪因子として飼育環境におけるアンモニア濃度が関係するともいわれ、排泄物の処理など農家の飼養管理にも問題があったものと思われます。緑膿菌には13種以上の血清型があり、免疫は型特異的であることが知られています。ところが発生農場から分離される緑膿菌の血清型に多様性があり、そのことがワクチン開発の阻害要因であったのです。そこで開発されたのが、緑膿菌多価成分ワクチンになります。

ワクチンの開発者であった本間 遜先生は、当時、北里研究所の部長というお立場でした。もともと先生は東京大学医科学研究所細菌部門の教授であり、世界的にも著名な緑膿菌研究の第一人者で定年退職後に北里研究所に移られておりました。先生が大学に在職していた時に精力的に研究をされていたのが本ワクチンでした。先生のミンク用ワクチン開発のコンセプトは、肺における緑膿菌の増殖を阻止し、敗血症への発展を防ぐとともに、病原因子である外毒素や酵素の有毒作用を中和することでした。想像するに北里研究所で自分が開発したワクチンを実用化したかったものと思います。当初は人体用ワクチンとして開発を進めていたところ、どのような経緯か分かりませんが、北里研究所の方針でミンク用として先に開発を進めたようです。すでに述べましたように緑膿菌の免疫は型特異的であり、全菌体ワクチンでは13種以上もの菌体成分を混合しなければならずエンドトキシンによる副作用の問題もあり実際的ではありませんでした。長年の研究成果から緑膿菌の外膜に存在するエンドトキシンに結合したタンパク質であるOEP(original endotoxin protein)が緑膿菌の共通抗原であることが知られていました。そこで、OEPに緑膿菌の主要な病原因子である精製したエラスターゼとアルカリ性プロテアーエゼのトキソイドを混合する多価成分ワクチンを開発したのでした1)。これまで動物用細菌性ワクチンといえば、経済性から不活化した全菌体か、製造用株の培養上清にホルマリンを加えただけのトキソイドでしたので画期的なワクチンといえます。北海道のMHPが発生するミンク農場での臨床試験成績も、ワクチン投与群は無投与群に比べ、明らかにミンクの生残率を高めました。また、全菌体不活化ワクチンと比べても、有意に生残率を高めることが分かりました。さらに、ワクチン接種後1から5日と非常に短期間で免疫を賦与できることも分かりました。このようにMHPに対して高い有効性と安全性を持つワクチンであるものの、精製工程が多く製造コストがかかりすぎることが難点でした。当初、人体用と考えて開発研究を続けてきたことから、仕方ないことかも知れません。その後、中国から安いミンクの毛皮が生産されるようになるとともに、動物愛護の考え方が世界的に普及し、有名ブランドも毛皮を使用することを控えるようになったことも後押しして、何時しかミンク産業も衰退してしまいました。このことから必然的に日本が誇る緑膿菌多価成分ワクチンも、その使命を終えることになりました。

では、ヨーロッパのミンク産業が盛んな国では、MHPに対してどのような対応が図られたのでしょうか?そこで用いられたのは自家ワクチン(autogenous vaccine)というものでした。自家ワクチンとは、伝染病が発生した農家からの分離株を用いてワクチンを製造し、それを使って農家での発生を予防するという方法になります(図)2)。市販されたワクチンが無い場合や既存のワクチンで十分に免疫を賦与できない場合に適応され、その農家や、同じ細菌で発生していることが明らかであれば近隣の農家でも使用できます。つまり、小規模の伝染病発生農家で限定的に使われるcustom madeのワクチンとなります。すでにアメリカやカナダ、それにEUで法的に認められたものでガイドラインも公表されています。MHPの予防のためには、発生したMHP分離株とワクチン製造株の血清型が一致しなければならないため、発生農家のミンクから緑膿菌を分離し、それを用いて全菌体不活化ワクチンを製造し、その農家で飼育するミンクに接種するものです。この時、投与後すぐに免疫を誘導できるため、急性のMHPにはもってこいの制度であったことになります。日本でもEUと同じようにMHP流行していた時期に自家ワクチンの使用の可能性が議論になったのでした。ただ、日本の薬事法では全く想定していない制度であり、残念まがらこれまでのワクチン開発の流れを踏襲することになったのです。

日本では従来から動物用生物製剤の基本的な考えが、「株違いは新薬」というものがあり、緊急に発生した伝染病にワクチンで対応できませんでした。新たな伝染病が発生した場合も、感染した動物から分離された病原体を用いて、通常の承認審査の流れで対応するもので、実際に野外で使用するまでには非常に長期間を必要とし、緊急な伝染病に使用することができなかったのです。したがって、多くは流行が終息してから市販されることになり、新興・再興感染症の対策に成りにくいわけです。また、それ以外でも豚の胸膜肺炎などの起因菌の血清型が多様である感染症にも、ワクチンを適応するには、新薬として承認まで時間がかかってしまうことがあるのです。鳥インフルエンザや口蹄疫などが流行する恐れがある現在、利点・欠点はあるものの、わが国も多くの国々が採用し活用されている自家ワクチン制度を検討しても良いのではないかと、緑膿菌多価成分ワクチンを調べていて感じた次第です。なお、自家ワクチンを使用することにより、農場での抗菌薬の使用量が明らかに減少したとの報告3)もあり、耐性菌対策としても有用な制度であるとされています。

最後に私が動物医薬品検査所に勤務していた30代前半に、偶々このワクチンを担当したことがご縁で本間先生とお話しする機会が多くなりました。若輩者であった私に対しても、常に紳士的に懇切丁寧にご指導を頂きました。その後、私が緑膿菌ワクチンのマウスによる力価試験法を開発したり、エラスターゼの病原因子としての役割を明らかにする研究に没頭し、貴重な菌株および試薬の提供や実験方法のアドバイスを受けたことが懐かしく思い出されます。先生は人体用の緑膿菌ワクチンとして実用化することを願っておられましたが、北里研究所を退職されて直ぐの1991年12月12日に心不全のため亡くなられました。今も世界的に有効で安全な人体用緑膿菌ワクチンが上市されていない状況を見て、天国からどのように思われているでしょうか?

 

1、Homma JY:Perspective on the development of a new vaccine against Pseudomonas aeruginosa infection,Medical Microbiology Vol.1 ed by Easmon CSF and Jeljasze wicz J, Academic Press p.37-79, 1982.

2、USDA: Autogenous biologics, https://www.aphis.usda.gov/animal_health/vet_biologics/publications/pel_4_16.pdf

3、Arsenakis I, Boyen F, Haesebrouck F, Maes DGD: Autogenous vaccination reduces antimicrobial usage and mortality ttrates in a herd facing severe exudative epidermitis outbreaks in weaned pigs, Vet Record(2018) doi:101136/vr.104720