イヌに生肉をあたえることの是非

掲載日:2019.02.25

イヌの起源に関しては様々な研究がありますが、まだ確定されていないようです。しかし、タイリクオオカミを祖先とすることは間違いなく、人間と共生した最古の家畜化された動物になります。したがって、イヌはオオカミの解剖学的な特徴を受け継ぎ、肉を切る働きの裂肉歯を持っていたり、消化管も肉食のオオカミより長いものの体長の5から7倍と草食獣より短く、肉とともに植物の消化にも役立つ特徴を合わせ持っています。また、デンプンの消化酵素であるアミラーゼ遺伝子のコピー数がオオカミより多いことからも、雑食性を支持しています。このような身体的特徴からイヌに生肉を与えることの必要性が指摘されることがあります。また栄養学的にも生肉が持つ酵素やビタミンやミネラルがイヌの健康を維持するために必要だとの主張もあります。一方、先のコラムでも紹介したようにイヌが高頻度に医療上重要な薬剤耐性菌を保有している実態があることから、今回はイヌに生肉を与えることの是非について考えてみたいと思います。

まず栄養学的に食肉を見てみますと、食肉はイヌの健康を維持するために必要なタンパク質、脂質、ビタミン(A,B1,B2,Eなど)、ミネラル(鉄分、亜鉛など)および生理活性物質(トリプトファン,カルニチン,タウリンなど)を含んでいます。食肉を加熱処理するとこれらの含有する栄養素が変化することが知られており、特に影響を受けるのはビタミン類と考えられます。したがって、食肉の栄養成分を効率良く体内に取り込むためには生食が良いといわれるのです。しかし、雑食性のイヌの健康寿命を全うするためには、生肉の持つ栄養成分だけでは絶対的に不足するのも事実で、他から不足する栄養素を補給する必要があります。生肉と科学的に比較した成績は見当たりませんが、ペットフードは栄養学的に配慮された総合栄養食品であり、多くの臨床獣医師はペットフードのみで日々の食生活を過ごしても健康に影響しないと考えています。

次に生肉の食品衛生学的視点からの情報を提供したいと思います。もし皆さんがイヌに生肉を与えようとした場合、市販されているイヌ用生肉かスーパーなどの小売店で購入する我々が食べる食肉を利用すると思います。小売店で購入する肉は、農家で飼育されていた家畜が食肉として流通しているもので、家畜がと畜場に運ばれ「と畜検査員」と呼ばれる獣医師によるさまざまな検査を経て、食肉処理場に運ばれ、最終的に全国の小売店で販売されます。このように食肉になるには、と畜場法や食品衛生法などの法律に基づいて安全な食肉が提供できるようにさまざまな規制がかかっているのです。このようにして作られた食肉ですが、無菌で製造することは不可能であり、肉の表面にさまざまな細菌に汚染していることが知られています。特に食中毒の原因となるサルモネラやカンピロバクター、それに黄色ブドウ球菌が高頻度に小売店で販売される食肉から検出されています。例えば、鶏肉から大腸菌が80%、サルモネラが60%、カンピロバクターが50%の頻度で分離されたとの報告があります。また、豚肉からサルモネラが15%、カンピロバクターが5%、黄色ブドウ球菌が25%の頻度で分離されています。O157を中心とする腸管出血性大腸菌で汚染された食肉やレバーを生あるいは加熱不十分で喫食して死者もでた食中毒事件を契機に、現在、牛肉や豚肉、それに内臓を生食用に提供したり喫食することが食品衛生法で禁じられています。これらの食中毒菌はヒトだけでなくイヌに対しても急性胃腸炎を起こすことがあります。さらに食肉における薬剤耐性菌の汚染状況をみると、医療上重要と考えられている基質特異性拡張型β‐ラクタマーゼ(ESBL)産生大腸菌や、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性サルモネラ、フルオロキノロン耐性カンピロバクターなどが検出されています。

日本ではまだ調査されていないのですが、最近、Breeら(オランダ)はイヌやネコに与える生肉の人獣共通感染症の病原体に関する調査成績を公表しました(表)。これによるとイヌやネコ用の生肉35検体から、食中毒で重要な腸管出血性大腸菌O157が23%、リステリア菌が54%、サルモネラ属菌が20%という非常に高頻度で検出されました。また、ESBL産生大腸菌にいたっては80%も検出されています。さらに寄生虫でザルコシステイス属肉胞子虫やトキソプラズマまで分離され注目されました。ここで使われた生肉がどのような経過で製品になるかは分からないのですが、これらの生肉が日本に輸入されているかもしれず、極めて由々しきことと思われます。

このような微生物に汚染された食肉を生で与えることにより、イヌやネコに病原菌や耐性菌が伝播することになり、動物の健康への影響と共にヒトに対する影響も考える必要があるのです。英国の著名な新聞であるINDEPENDのオンラインニュースやTime誌(2018年1月12日)でも、先に述べた食肉に汚染する微生物の実態からペット食品である生肉のヒトの健康に対するリスクを警告しています。さらに、イヌやネコに与える生肉を保管、調理する上での食品衛生上の問題点も指摘されています。例えば、生肉を冷蔵庫で保管する時に、どうしても他の食材への交差汚染を起こすことです。冷蔵庫といえども食肉を長期に保管すると、表面を汚染した細菌は死滅しないのみならず、菌種によっては増殖し、さらにヒトに対するリスクが高まります。東京都獣医師会公衆衛生委員会でも動物用生食フードを人間の食品と一緒の冷蔵庫に保管する危険性を指摘しています。

以上のことから、イヌやネコに生肉を与えることは栄養学的にも、また公衆衛生学的にも問題を生じる可能性があると考えます。したがって、スーパーで購入した食肉やペット用生肉でもできる限りイヌやネコに与えないことが重要と考えます。特にペット用生肉は、と畜場法や食品衛生法の対象でなく、愛玩動物用飼料の安全性の確保に関する法律の対象といえるものの規制していない実態があり、どのような経過で製造され、販売され、品質管理されているのかは全く分からないのです。もし、それでも生肉を与えることをお考えの飼い主が居られましたら、微生物は食肉表面を汚染していることから、表面を加熱処理することを勧めます。

Freek PJ van Bree et al.: Zoonotic bacteria and parasites found in raw meat-based diets for cats and dogs, Vet Record 182(2), 2018.
http://dx.doi.org/10.1136/vr.104535