成長促進目的の家畜用抗菌薬の一部が禁止

掲載日:2019.01.21

11月19日付けの朝日新聞第一面に、「家畜の抗菌薬、一部禁止 耐性菌がヒトに広がるリスク懸念」という記事が掲載されましたのでご記憶の方も居られるものと思います。今回はこの記事の内容を解説するとともに、わが国の家畜に使用する抗菌薬の規制の概要について紹介したいと思います。

今回禁止されたのは、家畜の成長促進目的で使用する抗菌性飼料添加物の硫酸コリスチンとバージニアマイシンになります。家畜に使用する抗菌薬には、医療と同じように感染症の治療のために使用するものと、家畜独自のものとして今回のような成長促進目的の抗菌性飼料添加物があります。家畜に使用する抗菌薬によって家畜の体内で薬剤耐性菌が選択・増殖し、それが食肉処理過程で畜産食品を汚染してヒトに伝播した時に、ヒトの健康に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。そこで家畜に使用する抗菌薬の成分ごとに農林水産省からの評価要請を受けて、内閣府食品安全委員会において最新の科学的な知見(論文、報告書など)をもとにヒトの健康に対するリスクの程度を明らかにする食品健康影響評価、いわゆるリスク評価を実施しているのです。そもそもこの制度が発足したのは、牛海綿状脳症(BSE)の発生に伴う国民の行政不信に端を発しています。これまではリスクを低減化する方策を実行するためのリスク管理機関である農林水産省がリスク評価も併せて実施していたために、BSE問題のような行政の不作為を招いた原因になったと考えられ、リスク評価機関の独立が必要とされました。そこで食品安全基本法を制定し、内閣府の食品安全委員会でリスク評価を実施し、その評価結果を受けてリスク管理を農林水産省で実施するという独立した体制ができました。また、リスク評価とリスク管理を実施するにあたっては、消費者を含むステークホルダー間の情報交換の場であるリスクコミュニケーションについても食品安全基本法に明文化され、透明性を確保しています。下の図は治療用抗菌薬(動物用医薬品)の規制概要を示しています。家畜に使用する抗菌薬については、家畜衛生分野における薬剤耐性モニタリング体制(JVARM)1)による家畜における耐性菌の動向調査も同時並行で継続的に実施する仕組みがすでに確立していて、動向調査成績はリスク評価に利用されています。食品安全委員会では、原則として成分ごとに農場における耐性菌の発生状況についての発生評価、ヒトが耐性菌にどのように曝露されるのかを明らかにする曝露評価、そして耐性菌によるヒトの健康への影響について影響評価して、それぞれの評価結果の指数を足し算することによりリスクを推定しています。このリスク評価には、医学における耐性菌の専門家や獣医学の専門家、さらには食品衛生学の専門家が当たっています。なお、現時点での動物用の抗菌薬に関してのリスク評価は定性的であり、リスクの程度は「無視できる程度」、「低度」、「中程度」、そして「高度」に分類されます。このリスクの程度によってリスク管理措置が決まるのです。

治療用抗菌薬のリスク管理措置2)には、「高度」のリスクと判定された場合、一番重いのが承認取消しであり、一時使用禁止の他、承認内容の変更などの対応が行われます。それ以外のリスクでは、第二次選択薬としての使用の徹底や薬剤耐性モニタリングの強化が行われます。これまで「高度」と判定された抗菌薬はなく、承認取消し措置が発動されたことはありません。一方、今回の報道のあった成長促進目的の抗菌性飼料添加物は、治療用の抗菌薬以上に厳しいリスク管理措置が設定されています3)。つまり、リスクが「低度」でもあれば原則として指定を取り消す、つまり使用禁止にするという考え方です。この厳しいリスク管理措置が決定した背景には、まず1992年の農林水産省畜産局長・水産庁長官連名通知で、「飼料添加物は、当該飼料添加物を含む飼料を給与することにより医療の分野において悪影響を及ぼすものであってはならない」とされていることが上げられます。また、WHO主導により世界的に規制強化の方向にあり、特にEUでは2006年に成長促進目的の抗菌性飼料添加物が全面的に禁止されたこととも関連するものと思います。さらに2015年のG7ドイツ・エルマウ・サミットの首脳宣言において、「リスク分析がない場合は成長促進のための抗生物質の使用を段階的に廃止」と記載されたことも大きかったように思います。

それでは今回の禁止措置について説明すると、硫酸コリスチンのリスク評価については、4月2日の本ホームページのコラム「なぜ動物用コリスチン製剤は第二次選択薬になったのか?」に記載していますのでご覧下さい。また、バージニアマイシンについては、医療上重要なストレプトグラミン系の抗生物質であり、そして一定期間流通実態がなかったことも影響して、結論として両方の抗菌薬のリスクは「中程度」とされました。そこで農林水産省はリスク管理措置として、両抗菌薬共に飼料添加物としての指定を取り消したのです。なお、硫酸コリスチンは動物用医薬品としても使用されていますが、今回のリスク管理措置で継続使用は認められたものの、「第二次選択薬として位置づけること」や「薬剤耐性モニタリング調査の強化」、さらには「代替薬の検討」が必要とされました。

これまで使用されている動物用の抗菌薬が禁止になった例は発がん性などの論文公表を元に実施されたものでした。また、抗菌性飼料添加物であるアボパルシンの禁止も、同系統でヒトの院内感染に重要なバンコマイシン耐性腸球菌がアボパルシン使用の鶏から分離されたとの論文報告を元に禁止されたものでした。したがって、今回の禁止措置はあらゆる科学的根拠を元に実施したリスク評価結果を元に、リスク管理措置策定指針に従った初めてのケースとなりました。先に述べたEUの抗菌性飼料添加物の禁止措置が科学的な根拠がなくても適応できるリスク管理措置である「予防の原則」を適応して決定した対応と異なるものでした。「予防の原則」はヒトに健康被害を及ぼす可能性があるとの想定で迅速に規制措置を決定できる方法ではありますが、これを乱発すると科学的な根拠の重要性が削がれる可能性があります。その点、わが国は基本的に「科学の原則」に基づいた規制措置をとることを国内外に知らしめた点でも特出すべき対応であったと思われます。

 

1)農林水産省:動物医薬品検査所 http://www.maff.go.jp/nval/yakuzai/yakuzai_p3.html

2)農林水産省:動物用抗菌性物質製剤のリスク管理措置策定指針 http://www.maff.go.jp/nval/tyosa_kenkyu/taiseiki/pdf/240411.pdf

3)農林水産省:抗菌性飼料添加物のリスク管理措置策定指針 http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/siryo/attach/pdf/index-11.pdf