Swann Reportの影響と意義を考える

掲載日:2018.12.25

One Healthにおける薬剤耐性菌問題に関わっている人たちにとって、アカデミアや行政に関わらず必ず聞いたことがあるのがSwann Reportになります。多くの耐性菌対策の国際会議でもしばしば引用されていますし、関連学会の発表でも良く目にすることがあります。この報告書の内容が検討された英国の委員会が設立されたのが、1968年7月であり、今から50年前の出来事になります。その委員会の答申が一般にSwann Reportと言われており、1969年に英国議会に提出されています。そこで近年、One Healthの耐性菌対策が地球規模で活発に実行されていることもありますので、ここで今一度Swann Reportの影響と意味を考えたいと思います。

この報告書以前は、家畜に使用される抗菌薬によって選択された耐性菌は、主に動物に使用される抗菌薬の効果を減退あるいは無効にする現象としか認識されていませんでした。ところが英国では早くから家畜由来耐性菌の人の健康への影響について関心を持っていたのでした。特に抗菌薬として注目していたのが成長促進目的の抗菌性飼料添加物となります。1940年代に米国で、食用動物における抗生物質の発育促進作用が発見され、英国では1953年に抗生物質の飼料添加が認可・実用化されました。しかし、英国では耐性菌の出現・増加と抗生物質の飼料添加との関係に疑義が持たれました。そこで、1960年に農学・医学合同委員会がNetherthorpe委員長の下に発足し検討された結果、現時点を越える飼料添加の規制は必要ないものの、抗生物質の使用については監視を継続すべきとの勧告がなされました。丁度、同じころの1959年に日本の秋葉ら、落合らのグループは、大腸菌‐赤痢菌間の薬剤耐性伝達現象を見出し、その後の研究により薬剤耐性Rプラスミド(当時はR因子)の発見へと繋がりました。そこでNetherthorpe委員会の小委員会はこの問題の検討を行い、1966年の報告によりペニシリン、クロルテトラサイクリン及びオキシテトラサイクリンなどの飼料添加との因果関係は明らかにされませんでした。しかし、この委員会で検討したのは、抗生物質の飼料添加だけであったことから、それ以外の使用法については検討されませんでした。そこでより広範囲の抗生物質の使用法について検討する必要があるとされ、1968年7月にMichael Swann教授を委員長とする厚生省と農林省の合同委員会が組織されたのでした。ここで注意する必要があるのは、この一連の流れで抗生物質という言葉が限定して使用されていますが、当時の成長促進用で使用されていたものが主にペニシリン、クロルテトラサイクロンそしてオキシテトラサイクンであったためで、ここでは抗生物質という言葉に合成抗菌薬も含まれていると考えていただきたいと思います。

Swann委員会の目的は、畜産及び獣医学における抗生物質の現在と将来の使用について調査し、特に伝達性薬剤耐性現象について、畜産における抗生物質の使用と人や動物の健康維持との関連性を考察し、勧告を行うこととされました。この報告書が世にいうSwann Report(1969)で、正式名を「英国における家畜用抗生物質の使用とその問題点」と呼ばれました。内容は12章に渡って動物における抗生物質の使用と危険性や、動物から人への細菌の伝播、動物由来耐性菌の性状、抗生物質の使用の一般原則を述べ、人に対する実在および潜在的な危険性を述べています。また、この報告書は抗生物質の規制にまで言及しており、通常の専門委員会の報告書の域を超えている点でも特徴があります。報告書の各章を紹介することは紙面の都合で割愛しますが、今でも通用する内容も多く含まれていることから耐性菌問題に関心の深い方は是非とも一読を勧めたいと思います。そこでここでは結論部分だけを簡単に紹介したいと思います。報告書は、家畜への抗生物質の投与、特に治療用薬量以下の投与は人及び動物の健康維持に何らかの危険性があると結論し、現状のまま放置しておくべきでないと勧告しています。その理由としては、家畜への成長促進やその他の目的で抗生物質の使用が原因として、伝達性耐性を含む多剤耐性菌が増加したことを上げています。また、すでに生肉や肉製品を介して動物由来腸内細菌が人に伝播したことを示唆する多くの成績があるとしています。特に指摘したのがSalmonella Typhimuriumの伝播でした。さらに、動物由来多剤耐性大腸菌を摂取した人の腸管内で、耐性遺伝子が腸管内の正常細菌叢の細菌に伝達される可能性まで指摘しているのです。一方、この報告書は耐性菌問題だけでなく、畜産物中の残留抗生物質の危険性にまで言及していることにも特徴があります。ここまで書くと家畜に使用する抗生物質の負の影響だけ述べているように感じますが、実は成長促進用の抗生物質が、どれほど畜産領域に貢献したかも理解した上での報告書となっています。しかし、成長促進用抗生物質の使用による医薬用抗生物質に対する耐性菌の出現増加の助長は、公衆衛生上または動物の健康維持の両面から好ましくないので、経済上の理由で使用すべきでないし、その必要性もないと断言しています。

以上のようにSwann Reportは、家畜への成長促進目的での抗生物質の公衆衛生上の問題を公的に指摘した最初の報告書になります。そこでさまざまな国際会議等で引用されるわけですが、日本でこの報告書の重要性に最初に気が付いたのは、当時、農林省畜産局衛生課で国際関係を担当していた緒方宗雄課長補佐であったそうです。是非とも翻訳して日本の関係者に知らしめたいと考え、動物医薬品検査所において豚の委縮性鼻炎の原因菌であるBordetella bronchisepticaのRプラスミドに関して精力的に研究をしていた新進気鋭の寺門誠致先生に翻訳を依頼しました。科学論文でなく難解な行政英語で書かれており、ボリュームのある報告書であったことから、思い他大変であったと後々に聞いたことがありました。このSwann Reportを契機に各国は様々な対応を図ることになり、日本は当時飼料添加の抗菌薬の定義が曖昧で規制も不十分であったものを、成長促進目的での飼料添加物と治療目的での飼料添加剤を厳格に区別し、別々の法律で規制を強化することになりました。今、この報告書を改めて読んでみると、半世紀も前にOne Healthでの耐性菌対策の重要性を指摘した先達がいたことに感慨深いものがあります。また長い間の研究成果の蓄積と多くの国際会議での口角泡を飛ばす議論を経て、2015年のWHO薬剤耐性グローバルアクションプランにたどり着いたことに感動すら覚えます。今、One Healthでの耐性菌対策に末席を汚す身として、半世紀も前に公表されたSwann Reportの影響と意味を十分に噛みしめたいと思う次第です。

動物用抗菌剤研究会:英国における家畜用抗生物質の使用とその問題点 Swann Report(1969) (寺門誠致訳) 動物用抗菌剤研究会報 創立40周年記念号 No.35, 39-92, 2013.