研究者の執念

掲載日:2018.12.10

この9月30日に老齢の女性獣医学研究者がひっそりと北広島市の老人施設で息を引き取りました。享年84歳でした。今回、この研究者の生涯を取り上げ、研究者としての執念について紹介したいと思います。

この方は児玉 道先生と言って麻布大学を卒業後に東京都小平市にあった農林省家畜衛生試験場(家衛試)(現在の農研機構家畜衛生部門)に採用された女性獣医師です。家衛試時代は良く存じ上げないのですが、豚のウイルス学の研究を長らくされていたとお聞きしました。特に組織培養といってウイルスを増殖させる細胞を培養する専門家でした。その先生がどのような経緯で牛の重要な原虫病であるピロプラズマ病に取り組んだのかは定かでありませんが、公務員としての最後はこの病気の研究をされていました。ピロプラズマ病は牛の血液に寄生する原虫の感染症でマダニが媒介することが知られています。原虫とは単細胞の微生物で、中学生のときに理科の教科書に出ていたゾウリムシやアメーバの仲間になります。この生き物は細菌に比べれば高等生物であり、原虫による感染症はヒトや動物の健康や畜産物の生産に大きな打撃を与えており、効果的な予防法の開発が求められています。感染症の予防となるとワクチンと考えるのですが、残念ながら効果的なものがなく、世界的に有効で安全なワクチンが求められているのです。

これまでピロプラズマ病のワクチンといえば、毒血といって感染した牛の血液を健康な牛に接種して免疫を賦与し病気を予防していました。しかし、感染した血液を使用するとどのような病原体が含まれているのか不明であり、ワクチンとしては不適当と考えられます。事実、ワクチンの接種により牛の重要な伝染病である白血病が広がったともいわれており、より安全なワクチンが求められました。そこで次に登場したのが、ピロプラズマに感染したマダニをウサギに多数付着・吸血させて、顕微鏡で観察のもとマダニの唾液腺で増殖した原虫を回収することでワクチンにするものです。これもマダニを使用しているため無菌的に製造することは困難であり、収量も極めて少ないことから、野外での実用化には至りませんでした。そこで児玉先生が考えられたのは、ピロプラズマという原虫を人工的に培養した細胞により増やし、それを原料に生ワクチンにすることでした。もし成功したら無菌的で安全性に問題のない画期的なワクチンができることになります。しかし、これまで原虫を組織培養したとの研究報告はありますが、いずれも不完全なものであり、それを利用したワクチンは世界的にも例がありません。この無謀ともいえる壮大な研究課題に取り組んだのが、児玉先生でした。多分、組織培養のプロとして困難な課題に果敢に挑戦したものと思います。

そんな児玉先生が公務員として最後に勤務したのが、札幌市にある家衛試北海道支場でした。残念ながら公務員時代に研究を完成させることができず、60歳の定年を迎えてしまいました。通常ならこれで研究は次世代の研究者に引継ぐか未完で終了し、第二の人生を考えることが普通です。ところが先生は退職後の安泰を望まず、札幌市近郊で回りに廃品処理業者がいるような辺鄙な場所に10坪ほどの簡素なプレハブの私設研究室を開設して、研究を継続することを選択したのでした。組織培養に関する機器や器材を退職金で購入し、無菌操作をするための部屋として小型トラックの荷台に設置する保冷庫をプレハブ内に設置しました。そして研究に使用する試薬を準備して、いざ研究を再開したのでした。多分、準備のためにほとんどの退職金は無くなってしまったものと思われます。断熱材を使用していない単なるプレハブでしたので氷点下の冬や直射日光が照りつける夏の過酷な気象条件にも耐え、人の気配もない寂しい場所で細々と研究を続けられたのだと思います。亡くなった後に研究室を拝見する機会があったのですが、冷凍庫や冷蔵庫にはおびただしい数の試薬や細胞が多数保存され、英語や日本語の専門書や文献、さらには実験記録用紙がいたるところに散乱していました。また、部屋の片隅に布団が無造作に敷かれており、未開封のインスタントラーメンがあったところを見ると、この異様とも思える環境で身の危険も省みず寝食を忘れて自宅にも帰らず研究に没頭する先生の姿を想像してしまいます。しかし、科学の天使はそんな児玉先生に微笑まなかったようで、残念ながらピロプラズマが組織細胞で増殖し、生ワクチンの足がかりになったとのニュースはついに聞かれませんでした。

このように予算的にも設備的にも厳しい研究環境の中、孤独で先の見えない作業を20年以上も一人で続けられた源は何だったのでしょうか?それは研究者としての好奇心と他人ができないことをできるようにするという技術への確固たる自信、研究成果の社会に対するインパクトなどに寄ったのではないかと想像します。まさに研究者としての執念がなさせる業ともいえるのではないでしょうか?最近、予算や設備や時間がないから研究ができないと真顔で訴える研究者の声を良く聞きますが、過酷な環境で生涯に亘って研究に全ての人生をささげ、無念ながら研究が成就しなかった児玉先生のことを少しでも思い出して欲しいと思い筆をとりました。今はただ全ての呪縛から解放され心安らかにお休みいただきたいと思う次第です。