Mycoplasma haemofelis感染症とOne Healthの連携

掲載日:2018.10.01

2018年6月某日、北海道獣医師会の会議に出席していたところ、予てから耐性菌関連の専門書の執筆でお世話になっていた臨床感染症学の権威であるN教授からメールが届きました。内容は入院治療中の重症患者でMycoplasma haemofelis感染が疑われるが、フルオロキノロン系抗菌薬の効果が不十分で治療に難渋しているので獣医学領域の専門家を紹介して欲しいというものでした。早速、会議の場を離れ酪農学園大学獣医学群獣医衛生学教授で牛のマイコプラズマ感染症を専門に研究している樋口豪紀先生を紹介しました。樋口先生から直接、M,haemofelisに関する情報を提供し、ネコでの治療薬としてテトラサイクリン系抗菌薬の有効性をお伝えしました。その後、臨床経過を固唾を呑んで気にかけていたところ、7月13日にメールがあり、ミノサイクリンとモキシフロキサシンの併用で著効を示し、データも正常値を示し、PCRでも陰性を維持しているので退院となるとの連絡を受けました。そこで人獣共通感染症として稀であることから、本症に関して若干紹介し、One Healthでの連携の重要性を考えたいと思います。

ネコヘモプラズマ(Hemoplasma)感染症は、病原体の赤血球への寄生により赤血球の破壊が引き起こされ、溶血性貧血が発生する疾患です。 病原体は以前Haemobartonella felisと呼ばれていましたが、詳細な遺伝子配列解析の結果、Mycoplasmaの一種であることが確認されました。その後、ネコに感染するMycoplasmaにはいくつかの株があることが明らかとなり、M. haemofelis、‘Candidatus(C.) M. haemominutum’および‘C. M. turicensis’に分類されています。その感染経路は、ダニによる吸血、猫同士の喧嘩による咬傷、および母子感染が考えられますが未だ明らかではないようです。症状は貧血、間欠性発熱、元気消失、呼吸速迫、食欲不振、黄疸、脾腫などが認められます。治療はテトラサイクリン系抗菌薬とフルオロキノロン系抗菌薬が用いられます。重症例では副腎皮質ホルモンや輸血も考慮するようです。なお本症はネコ白血病ウイルスおよびネコ免疫不全ウイルスに感染しているネコにおいて感染率が高いことが示唆されているようです。これらレトロウイルス感染症は免疫機能を低下させることから、免疫不全による感染リスクの増大が主な原因として考えられています。次にM.haemofelisのヒトへの感染を見てみれば、極めて稀であるようです。文献では免疫不全状態のエイズウイルス陽性者での感染が報告されています。今回の日本の患者がどのような免疫状態であったかや、ネコとの接触歴など今後明らかになるものと思われます。いずれにしてもネコからヒトに感染する病原体として注意する必要があるようです。

最近、耐性菌対策においてWHOが発出したグローバルアクションプランでOne Healthでの対応の重要性を指摘しました。その後、日本で公表した薬剤耐性菌対策アクションプランでもOne Healthでの対応を基本としています。この流れは感染症関連の医学系学会で取り入れられ、耐性菌対策とともに人獣共通感染症対策に関するシンポジウムでしばしばテーマとされています。また、世界獣医師会と世界医師会の連携を契機に日本でも医師会と獣医師会の連携が全国および地方レベルで深まっています。例えば北海道獣医師会と北海道医師会の連携によるOne Healthシンポジウムが昨年から開催され、第一回では薬剤耐性菌対策がテーマに成りましたし、第二回ではダニ媒介性脳炎を取り上げました。いずれも医師と獣医師が講演を行い熱心に討論されました。お陰様で2回とも医師、獣医師それに一般の方を含め立錐の余地もないほどの盛況でした。ヒトに感染することが知られている病原体は1,425種あり、その内、868種(61%)が人獣共通感染症のものと言われています。したがって、今後、人獣共通感染症や薬剤耐性菌対策において、ますます医師と獣医師の連携が深まるものと思われます。その先駆けとして今回の事例はネコに由来すると思われる病原体での重症患者を回復に導いた好例と思われ紹介した次第です。

 

Andrea Pires dos Santos et al., Hemoplasma infection in HIV-positive patient, Brazil, Emerging Infectious Diseases 14(12):1922-1924, 2008.

https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/14/12/pdfs/08-0964.pdf