他人のうんちで病気を治す?

掲載日:2018.09.25

ヒトの腸内には数百種類、5百兆-1千兆個(10×1012程度)の細菌が生息し、それらが免疫栄養素分解などに関与しています。現在、培養同定できている腸内細菌は20-30%に過ぎないとされています。これらの細菌集団を腸内フローラと呼び、腸管粘膜に細菌の花が咲き乱れる百花繚乱の様相を呈しているのです。最近、学会などの専門家が集まる集会では体の常在微生物叢を総称してマイクロビオータと呼んでいます。この腸内フローラは食物の栄養分の一部を利用して生活し、腸内細菌間で菌数のバランスを保ちながら生態系を形成しているのです。腸内フローラを構成する菌種は、腸管の場所により異なるのですが、乳酸菌、連鎖球菌、ビフィズス菌、クロストリジウム菌や酵母などとされています。この中には一般的に言われる善玉菌と悪玉菌が含まれます。ヒトの腸内フローラの働きには以下の5つがあるとされています。①病原菌の侵入を防ぎ排除すること、②食物繊維を消化し短鎖脂肪酸を産生すること、③ビタミン類を生成すること、④ドーパミンやセロトニンを合成すること、⑤免疫力を作り出すことです。最近ではがん、心臓病、アレルギー、認知症のような病気との関連性も高いことが知られていますし、脳の機能と関連する脳腸相関も注目されています。したがって、腸内フローラのバランスを保つことが健康の維持に極めて重要になります。しかし、加齢、抗菌薬の使用、偏った食事、不規則な生活、各種のストレス、便秘などはそのバランスを崩し、健康に悪影響することが知られています。そこでヒトに良い影響を与える微生物(善玉菌)やそれを含む製品や食品(ヨーグルト)であるプロバイオテイクスを経口的に取り込むことが勧められるのです。また、善玉菌が栄養源に利用できるものの悪玉菌は利用できない物質(オリゴ糖や食物繊維など)を経口的に摂取することも勧められます。これをプレバイオテイクスと呼び、多くの製品が開発・実用化されています。まさに善玉菌のエサに相当するものです。

このような背景から、潰瘍性大腸炎やクローン病などの薬による治療が困難である難治性の消化管疾患に腸内フローラそのものを利用しようと考えられたわけです。しかし、先に述べたように腸内フローラはすべて培養することが困難であるとともに、どのような微生物の組合せがそれぞれの疾患に有効であるかも不明であるため、現時点で個々の構成する細菌を医薬品として使用することはできません。また、経口的に投与した場合、胃酸による細菌のダメージも考える必要があります。そこで考えられたのが健康なヒトの糞便を患者に移植するという治療法です。これを便微生物移植(FMT)あるいは便移植療法と呼びます。便移植と聞いただけで身の毛がよだつ話ですが、FMTの歴史は古く4世紀の中国の文献に見ることができます。西洋医学に初めてFMTが登場するのは、1958年のEisemanらの偽膜性腸炎に対する症例報告とされています。

では実際にどのように行われているのでしょうか?現在、慶應義塾大学病院や順天堂大学病院などで治療としてFMTが実施されています。ヒトの腸内に生息するクロストリジウム・デイフィシイル菌の異常増殖により生じる腸炎(CD腸炎)が近年、医療で問題視され、抗菌薬での治療が困難とされています。このCD腸炎に臨床症例からもFMTが有効とされているのです。これ以外でも、潰瘍性大腸炎やクローン病などの臨床研究が行われています。順天堂大学病院では抗菌薬と併用する抗生剤併用便移植療法を提唱し、2014年から臨床研究を開始しています。大学病院のホームページhttps://www.juntendo.ac.jp/hospital/clinic/shokaki/about/treatment/intestinal_microbiota.htmlによると、FMTが潰瘍性大腸炎の有効な治療法になりうる可能性を示したことが記載されています。ここで気になるのはどのように投与されるかということだと思います。結論は経口的に直接投与するのではなく、大腸内視鏡を使用して鉗子孔から消化管に散布したり、カプセル剤として内服したり、浣腸用具を使用して移植が行われるようです。難治性消化器疾患の患者さんにとって福音とも思える治療法ですが、FMTを実施するにあたっての問題点も指摘しておきたいと思います。まず、健康な糞便とは何かという定義が明確でないことです。どのような菌種がどのくらいの菌数含まれていると健康なのかということが明確でないことです。また、症状を示していないのですが何らかの病原性のある微生物が混入していて、移植を受けたヒトが発症する可能性もあるのです。この辺の基礎的な研究も臨床研究と並行して実施する必要があります。そこで現在は糞便を貰うヒト(ドナーと呼びます)は、20歳以上の2親等以内の健康な親族・配偶者、または患者本人より直接指定のあった健康な知人の糞便を使用し、事前に各種のスクリーニング検査を実施しているようです。

一方、動物ではどうでしょうか?鶏肉を食用とする場合、最も問題となるのがサルモネラの汚染になります。特にサルモネラ・エンテリテイデイス菌の鶏への感染が問題とされており、その防除が畜産にとって重要な課題となっています。そこでワクチン接種や抗菌薬の投与などが行われましたが十分な効果を得ることはできませんでした。この時、開発されたのが健康な鶏の盲腸内容物、あるいはその培養物をヒナに経口投与して、腸内フローラを早期に形成させサルモネラの腸管への定着を競合排除する方法です。この方法はCE法あるいは開発者に因んでヌルミ法(Nature 241:210-213, 1973)と呼ばれています。現在、サルモネラの防除には衛生管理の充実や、ワクチン接種、CE法の利用などの総合的な防除法で行っています。この結果、諸外国ではサルモネラ食中毒は増加傾向にあるものの、日本は減少傾向にあるのです。

以上、ヒトの難治性消化器疾患や鶏のサルモネラ防除に利用したのが糞便で、病因解析の結果から生み出された究極の治療法の話しでした。糞便は食べられないとか、糞便を治療に使う筈がないとかとの既成概念を打破するところから画期的な方法が生み出されることを示したことで、まさに常識を逆手に取った方法と言えそうです。まだまだ克服すべき点は多々ありますが、少なくとも医学的な壁を少し取り崩したことで特記すべきことであると考えます。