NZで牛マイコプラズマ感染症の撲滅計画

掲載日:2018.07.30

国内からある感染症を撲滅するには、人や動物に係らず多大な資金と時間が必要です。また多大な労力を集中したにも係らず、結局は失敗に終わったとの多くの事例を歴史は示しています。撲滅計画を成功裏に導くには病原体の性状によることが大きいのですが、明確な科学的な根拠と周到な計画、それに潤沢な資金がなければ困難だと思われます。政府にはそれ相応の覚悟が必要ということでしょう。今回は牛のマイコプラズマ感染症の撲滅に挑戦するニュージランド(NZ)の話しです。

5月29日の日本経済新聞はNZ政府が牛のマイコプラズマ感染症を撲滅するためMycoplasma bovisに感染した牛を殺処分することを報じています。対象は少なくても12万8千頭に上る予定で、今後10年間で8億8600万NZドル(約760億円)を投じてこの感染の根絶を図るとされています。NZでは昨年7月にM.bovisに感染した牛1頭がNZ南島カンタベリー地方南部の酪農場で見つかって以降、感染が拡大しています。最初、同農場の牛を検査したところ、14頭に陽性反応があり、それ以外の150頭は陽性反応がなかったものの、疑わしい症状が見られたとしています。感染経路はいまだ不明です。同農場の同系列16農場の内、1農場からも陽性反応を示しています。現在、近隣の約60農場の検査を実施中で、さらに1農場から発症が確認され感染が広がっているようです。NZで初となる牛マイコプラズマ感染症の感染が確認されたことから、一時的にNZドル安となり、NZの経済にとって酪農産業の重要性を示しており、政府がスタンピング・アウトに舵を切ったことも理解できるように思います。

ここで牛のマイコプラズマ感染症について概要を示しておきたいと思います。牛に感染症を引き起こすマイコプラズマは約10種が関与しており、その多くはM.bovisによると言われています。病態としては肺炎、中耳炎及び関節炎だけでなく、現在、最も問題視されているのが乳房炎になります。基本的に一度発症すると抗菌薬による治療が困難な症例が多いことが特徴です。また、複数の臓器に対して高い定着性を持ち、血液によりさまざまな組織に移行し感染症を発症します。さらには、有効な抗菌薬も限られており、世界的に増加傾向を示しています。子牛におけるマイコプラズマの主要な感染経路として、子牛同士の接触、環境との接触、感染乳汁の摂取、およびヒトを介した感染が挙げられます。1頭でも発症している子牛が牛群の中にいると、1週間程度で蔓延する可能性があり、極めて感染力の強い病原体といえそうです。これまでマイコプラズマは環境変化に弱く農場環境で長く生きられないという偏見を持っていた獣医師が多かったように思われます。しかし、実際は感染牛のいる飼育舎の水槽、飼槽、敷料、さらには敷料の上の麦稈、下のオガクズと、ほぼ全ての場所からマイコプラズマが検出されています。また胎児感染に関する報告もなされており、流産胎児の脳、肺、リンパ節、肝臓、心臓と、胎盤全ての臓器からマイコプラズマが検出されました。胎児期の感染が出生後のマイコプラズマ感染症の発症リスクになっている可能性も考えなければならないわけです。この特徴的なマイコプラズマの感染病理から、NZが大胆な対策に乗り出した理由であるかもしれません。

これまで世界的に感染症を撲滅したものは、ヒトでは天然痘があり、動物では牛疫があります。数多ある感染症の中で極めて少ないわけで、生き延びて次世代へ生命を継続することが本能である生物を駆逐することの困難性を如実に示しています。NZの挑戦が成功するのか失敗するのかは、世界中の畜産関係者が固唾を呑んで注視していることは確かでしょう。一方、わが国をみると、乳のバルクタンクスクリーニングの陽性率は5%以下であり、諸外国に比べて特別に高い数字ではないものの、近年上昇傾向が認められています。家畜伝染病予防法の監視伝染病でもないマイコプラズマ感染症に対してNZと同じ対応をとることは不可能です。抗菌薬の治療にも限界があることを考えれば、ワクチンの開発は喫緊の課題のように思われます。

畜産産業振興機構 牛マイコプラズマ感染症を確認~生乳生産への影響は限定的か~
https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002010.html