抗菌薬をエサにする細菌たち

掲載日:2018.06.25

細菌は増殖するために必要な栄養素を外部から取り込み、その栄養を菌体構成成分にする必要があり同化作用(anabolism)と呼びます。この同化作用を進めるためには栄養素となる物質を分解する必要があり、この作用を異化作用(catabolism)と呼んでいます。菌体は、糖質、脂質、タンパク質、核酸、窒素などで構成されており、菌体成分となる物質の骨格となるのは炭素化合物です。したがって、細菌を人工培地で増殖させるためには、炭素源となる物質を必ず培地に含有させる必要があるのです。

話は変わりますが、抗菌薬は医療や獣医療で感染症の治療に汎用されていますし、畜産分野では成長促進用としても利用されています。また、農薬の中には植物の感染症の予防に利用される抗菌薬も存在します。これらの抗菌薬は、病院排水や農場排水を経て環境に放出されています。また、農薬は直接的に環境に曝露されます。このことから環境中には濃度が低いながら多くの種類の抗菌薬が存在することが報告されています。従来、薬剤耐性菌の選択圧になるには、最小発育阻止濃度(MIC)程度の抗菌薬が必要とされてきましたが、最近の論文では非常に低い濃度の抗菌薬も選択圧に成り得ることが示唆されています。したがって、環境中に存在する抗菌薬をできる限り低減化する必要があるのです。具体的には光などの環境変化による抗菌薬の分解や環境細菌の産生する酵素による抗菌薬の不活化が考えられていました。前段が長くなりましたが、今回は土壌細菌の産生する酵素による環境中に存在する抗菌薬の浄化技術につながるような研究成果を紹介したいと思います。

2008年にDantasらは、唯一の炭素源として各種の抗菌薬を含有させた培地に、いろいろな場所で採取した土壌を接種して培養しました。下図のAの縦軸は培地に混入した各種の抗菌薬を示し、横軸は各地から採取した土壌です。青色は何らかの細菌が発育したことを示し、赤色は発育がなかったことを示します。このことから土壌には炭素源とした抗菌薬を利用して発育する細菌が多く存在することがわかります。ただ、この現象だけでは発育した細菌が耐性菌である可能性がありますので、培養期間の培地中の抗菌薬濃度をHPLCで定量した成績がBになります。例えばペニシリンを見てみれば培養2日間に存在した培地に混入したペニシリンのピークが4日目に消失し、溶出時間が短い小さなピークが4~8日に観察されています。これはペニシリンが培養液中で利用され、分解したことを示唆しています。したがって、土壌中には抗菌薬をエサとして増殖する細菌が存在することを示しています。これは驚くべき事実で、環境に生息する細菌の中には、抗菌薬に耐性を示し生命を持続するものの他、さらに進化して抗菌薬を栄養源として利用し増殖するものも存在することを示しています。論文が公表された後、この報告に対して否定的な見解もあり真偽が混沌としていたところです。

今回、同じグループが環境中のペニシリンを栄養源として利用する細菌が、ペニシリンを利用可能な断片に分解する遺伝子と酵素を持つことを明らかにしました。まず、この細菌がβ-ラクタマーゼを産生しペニシリンを不活化することを明らかにしました。これはペニシリン耐性菌の主な耐性メカニズムの一つであり、とりたてて報告するような新知見ではありません。しかし、今回はこの細菌が不活化したペニシリンをさらに分解して栄養源として利用可能な断片とする新たな酵素(amidase)を持つことを発見したのです。今後、これらの酵素を利用することにより、環境中の抗菌薬を不活化し、土壌細菌が利用できる断片にすることにより、環境中の抗菌薬を低減化する可能性を示したものと言えそうです。いづれにしても古代から生き抜いてきた細菌は、新規に開発された抗菌薬に対して自らの生命を守る仕組みを得るのみならず、抗菌薬を自ら生き抜くための栄養素として利用する術をも獲得していることを示しています。我々の周りに生息する小さな生き物である細菌は、さまざまな環境変化にも生き抜く戦略をすでに持っており、人類が考え出す知恵をあざ嗤っているように思えてなりません。

Dantas,G.et al.: Bacteria subsisting on antibiotics. Science 320:100-103, 2008.

Terence S., et al.: Shared strategies for β-lactam catabolism in the soil microbiome. Nature Chemical Biology 2008, doi:10.1038/s41589-018-0052-1