抗菌薬の温故知新-バクテリオファージ製剤のすすめ-

掲載日:2018.06.18

バクテリオファージ(ファージ)は細菌を宿主にするウイルスで、1915年にTwortにより細菌を溶かす現象として偶然発見されたものです。その後、d’Herelleによって細菌感染症に使用する抗菌薬としての利用が考えられたものの、1929年にFlemingの発見したペニシリンを契機に抗生物質にその座を完全に奪われ医学遺産と化したのです。しかし、抗生物質をはじめとする抗菌薬が汎用されるにつれ薬剤耐性菌の出現や増加が問題視されるようになってきました。最近では多剤耐性緑膿菌感染症や多剤耐性アシネトバクター感染症、さらにはカルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症では、有効な抗菌薬がほとんどないという事態に陥っています。そこで感染症対策に使用できる新たな医薬品の開発が喫緊の課題となっているのです。2016年に公表された「薬剤耐性対策アクションプラン2016-2020」でも、新たな治療法の開発研究を推進することになっています。その一つの候補として最近世界的に注目されているのが、本日のテーマである古くて新しい抗菌薬であるファージ製剤になります。特にファージは耐性菌に対しても溶菌活性を示すことから、先の多剤耐性菌感染症に対する切り札的な医薬品になることも考えられます。事実、アメリカで2016年に全身性多剤耐性Acinetobacter baumannii感染症で敗血症性昏睡状態であった患者にFDAは緊急用治療薬*1として未承認のファージ製剤の使用を許可し、奇跡的に回復しました。これはPatterson症例として臨床医学で広く知られています。なお、裏話なのですが治療の見込みがないと言われた患者の奥様がweb上で自らファージ療法を調べ当局に掛け合った結果と言われています*2

ファージ製剤の利点を上げれば、これまで述べたように一般の感染症のみならず耐性菌感染症にも応用できることや、種特異性が高く常在細菌叢に影響しないこと、少ない回数でファージを投与すると宿主菌が無くなるまで増殖を続けること、製造が比較的容易であることなどが上げられます。ここまで書くと良いことばかりのように受け取られますが、当然のことながら欠点もあります。まずはファージの宿主菌吸着部位の変異が容易に起こり耐性になることや、グラム陰性菌では生体内での溶菌でエンドトキシンによる副作用が起こる可能性があること、製剤に関するさまざまな特許が世界的に取得されていることなどが上げられます。しかし、これらの欠点に対する対処は可能で、吸着部位の変異に対しては幾種類からのファージカクテルで対応できますし、エンドトキシンによる副作用に対しても適応部位を考慮する(局所感染症に応用)ことやグラム陽性菌に応用するなどが可能です。また、ファージ耐性菌に対しては後述の溶菌酵素(エンドライシン)の応用も考えられます。特許に対しては、新たな特許を視野に入れた製剤開発を進めることだろうと思います。

ファージ製剤の場合、ファージ粒子そのものを利用した製剤を第一世代とすると、エンドライシンを主成分とする第二世代も有用であると考えています。エンドライシンとは、ファージが菌体内で増殖した後に菌体外に放出される際に使用される酵素で、細胞壁のペプチドグリカンを切断して溶菌を起こすものです。エンドライシンのC末端側に細胞壁結合ドメインがあり、これが菌種に対して特異性を示しています。このエンドライシンの最大の特徴は、ファージ耐性菌の報告がないことが上げられます。また構造的に単純であることから容易に遺伝子組換技術を用いた新規の製剤になる可能性も秘めています。

現在、日本は後塵を拝しているのですが、世界的にファージ製剤をヒトや動物の感染症対策に応用しようと大手の製薬企業やベンチャー企業が挙って開発研究を推進しています。2017年7月にアメリカでFDA/CBER(Center for Biologics Evaluation and Research)主催の「バクテリオファージ療法:科学的及び行政上の問題点(Bacteriophage Therapy: Scientific and Regulatory Issues)」では、行政担当者や研究者、それに製薬企業が集結し、ファージの臨床応用に関する事例紹介を始めとして、ファージの有用性や副作用、さらには薬事上の問題点が熱を帯びて議論されました。また、ファージは医薬品以外でも食品衛生分野での応用も検討されており、すでにアメリカではリステリア食中毒の予防のための食品添加物としてリステリア・ファージが許可され、出荷時の食肉の表面にスプレーしています。

酪農学園大学獣医学群の岩野英知教授を中心とした研究グループは、ここ数年来、ファージの基礎研究で評価の高い東京工業大の丹治保典教授と共同でファージ製剤の開発研究に着手し、特許出願や多くの科学論文を公表しています。具体的にはヒトや動物の感染症起因菌である黄色ブドウ球菌や緑膿菌に対するファージのみならずエンドライシンの作出にも成功し、動物実験によりその有効性を検討しています。最終的にはファージ製剤の臨床応用をゴールとしており、既存ファージの臨床応用や新規のファージの分離など、将来的に製剤開発につながるような企業からの共同開発の提案を望んでおります。興味ある製薬企業がありましたら、動物薬教育研究センターまで連絡を頂ければ幸いです。

*1緊急性治療薬(emergency investigation New Drug): 未承認の医薬品を緊急時に合法的に使用可とするもの。日本の薬機法ではこのような制度は存在しない。

*2https://health.ucsd.edu/news/releases/Pages/2017-04-25-novel-phage-therapy-saves-patient-with-multidrug-resistant-bacterial-infection.aspx