鶏肉から高頻度で耐性菌が検出されるとの報道について

掲載日:2018.04.06

2018年3月31日の日本経済新聞に「薬の効かない菌、鶏肉の半数から検出 厚労省研究班」との報道がなされ、読者の皆様も心配されているのではないかと思います。この報道内容に少し誤解を生むような表現や説明不足があるように思いますので、今回はこの報道に関する解説を行いたいと思います。

今回、話題となった耐性菌にESBL産生菌というものがあります。ESBLとは日本語で基質特異性拡張型β-ラクタマーゼの英語表記を略しています。ペニシリンなどの一群の抗生物質はその化学構造からβ-ラクタム系抗菌薬と呼ばれます。この中に医療でしばしば使用されるセファロスポリン系薬が含まれます。読者の皆さんも風邪などで受診した時に医師から処方されることの多い抗生物質になります(風邪は殆どがウイルスによるもので抗生物質は無効なのですが・・・)。日本の医療で使用される抗菌薬の中で最も多いのがセファロスポリン系薬と言われており、医師はこの抗菌薬が効かない耐性菌の出現や増加を最も懸念しているのです。この耐性菌はβ-ラクタマーゼという酵素を産生し、この酵素がβ-ラクタム系の抗菌薬を分解するため細菌は耐性になるのです。この中にあって最も強力な酵素がESBLであり、細菌がこの酵素を産生するようになると数多あるセファロスポリン系薬をすべて分解できます。つまり、今後開発されるセファロスポリン系薬をも含めて分解する能力を持つことになるのです。したがって、医師はEBSL産生菌の動きに非常に神経質になっているのです。

今回の報道は、2015~2017年に集めた国産あるいは輸入した鶏肉を調べたところ、全体の49%からESBL産生菌を中心に耐性菌が分離されたというものです。国産では59%、輸入で34%だったと述べています。文献でも高いもので国産鶏肉から77%、輸入鶏肉の52%からESBL産生大腸菌が分離されたとの報告があります。ただし食肉への汚染菌数は極めて低いことも知られています。これまでの報道では肉用鶏に過剰な抗菌薬が治療や成長促進目的で使用されることで、ESBL産生菌が出現・増加し、それが原因で鶏肉から耐性菌が高頻度で分離されるような記載が多く見られます。果たしてこのロジックは正しいのでしょうか?そこで農場段階で飼育される鶏糞便由来大腸菌のデータを見てみましょう。農林水産省が行う家畜衛生分野における薬剤耐性モニタリング調査(JVARM)を見ると、先の報告と実験方法とは異なりますが、2013年で鶏糞便からESBLが疑われるセファロスポリン耐性大腸菌は4.6%分離され、2015年では2.7%に低下しています。かつて日本では肉用の鶏に不適切なセファロスポリン系薬の使用により20%程度まで耐性率が上昇した時期がありました。しかし、現在は健康な鶏糞便から分離された大腸菌でESBL産生菌はそれほど多くないことが分かります。つまり食肉の検出データと農場での鶏の検出データに大きな乖離があるのです。そこで農場から小売店までの流れで汚染する過程を考えてみると、食肉加工工程に鍵があるように思われます。食肉加工工程で最も疑われるのは、内臓処理が行われた後の冷却水(チラー水)での浸漬工程です。内蔵の摘出は自動でカッター処理をするのですが、この時、腸管を傷つけることがあります。もし、ESBL産生菌を保有する鶏の腸管が傷つけられた場合、チラー水に耐性菌が拡散することになり、その後に処理された鶏肉の表面を汚染することが十分考えられます。実際にはチラー水に200ppmの次亜塩素酸ナトリウムが加えられており、細菌は死滅すると思われますが、糞便等の有機物の混入で消毒効果が低下することが知られています。このようにして鶏肉の表面にESBL産生菌が高頻度に汚染したのではないかと考えます。

ではESBL産生菌に汚染した鶏肉を食べた場合のヒトのリスクはどうでしょうか。その前に健康なヒトはESBL産生菌をどのくらい保持しているかが重要な情報となります。文献を見てみると健康なヒトの糞便から2%前後検出されるといわれていますが、複数回検査を実施し精度を上げると15.6%検出されたとの報告があります。病気のヒトではさらに保有率が高まります。さらにヒトから検出されたESBL遺伝子の型と家畜や肉から検出された型が異なるとの報告もあります。このようにヒトでもESBL産生菌は高頻度に保有し、ESBL遺伝子の型が食肉と異なることを考えると、低い菌数の耐性菌で表面が汚染された鶏肉を食べたとしても、健康なヒトに対するリスクは極めて低いと考えられます。ただし、高齢の方や病気の方では健康被害がないとは断定できないことから、食肉の喫食に当たっては、耐性菌は食肉の表面を汚染していることから加熱調理を基本としていただければ良いと考えます。なお、耐性菌のヒトへの伝播経路で重要な食品ですが、日本では食品関連の全国的な薬剤耐性モニタリング体制が確立しておりません。今回の事例もモニタリングが行われていれば耐性菌の分離率の経時変化を早期に検出でき、最適な対応を図れたはずです。先進国ではすでに食品に関連する薬剤耐性モニタリング体制が確立しており、日本でも早期に設置されることを願う次第です。

日本経済新聞記事https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28845500R30C18A3CR0000/