なぜ動物用コリスチン製剤は第二次選択薬になったのか?

掲載日:2018.04.02

このホームページでもお知らせしたように、平成30年3月26日付けで「家畜に使用するコリスチン製剤(動物用医薬品)の第二次選択薬への位置付けについて」(29消安第6703号)が通知されました。今回は措置に至った背景について解説したいと思います。

コリスチンは1950年にライオン製薬(現ポーラファルマ)によって発見され、わが国で開発が進められた製剤です。ペプチド系抗生物質に分類され、グラム陰性菌の外膜(LPS)に結合し殺菌的に作用します。有効性もさることながら強い副作用(腎機能障害、神経毒性)を示すことも知られています。人体用医薬品としてのコリスチンは、副作用のため2004年に他にも有効な製剤があるとして注射剤の承認を取り消しています。ところがその後、多剤耐性グラム陰性菌感染症の増加を背景に、2015年に希少疾病用医薬品として再承認されています。適応症としてはカルバペネム系、フルオロキノロン系、アミノ配糖体系に耐性を示す多剤耐性グラム陰性菌感染症となっています。これらの抗菌薬は医療で最も重要なものとされています。

ではここでいう多剤耐性グラム陰性菌とは、多剤耐性緑膿菌と多剤多性アシネトバクター、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌になります。これらの細菌は、感染防御機能が低下した患者や抗菌薬長期使用者に日和見感染し、敗血症や気道、尿路、皮膚、軟部組織、耳、眼などに多彩な感染症を起こします。現時点でこれらの感染症が蔓延している状況ではないものの、諸外国のように何時急増するか分からない状況です。また、これらの原因菌に有効な抗菌薬は非常に限られており、コリスチンが数少ない有効な治療薬となります。海外では、‘antibiotic of last resort’(最終救済薬)と呼ばれています。したがって、医療においてコリスチンは極めて重要な抗菌薬であり、厳しい管理下で限定使用されています。一方、硫酸コリスチンは動物にも動物用医薬品および飼料添加物として使われています。直近の販売量を見ると、動物用医薬品として豚で10トン、飼料添加物として豚で18トン、鶏で5トン、牛で3トンの合計36トンと非常に多くが使われていることになります。

コリスチンは陽性荷電と疎水性を示す抗菌薬であり、グラム陰性細菌の外膜に強く結合し、膜に存在するカルシウム・マグネシウムを置換することにより抗菌活性を示します。またアミノ酸が1分子だけ異なるポリミキシンBと同じく、グラム陰性菌が持つエンドトキシン(LPS)との親和性も高く、LPSに結合してその作用を中和することも知られています。このことが毒素原生大腸菌による豚の浮腫病の治療に硫酸コリスチンが汎用される理由があるように思います。つまり主な病因は起因菌が産生する志賀毒素(Stx2e)であるもののエンドトキシンも病態に関与しており、コリスチンが殺菌効果を示すとともにLPSを中和して効果を発揮するためと思われます。一方、細菌がコリスチンに耐性になるのは、これまで細菌外膜に存在するLPSの突然変異が重要とされてきました。グラム陰性菌が保有するLPSのLipid A構造の修飾による陰性荷電の減少により、陽性荷電のコリスチンとの親和性を低下させることです。これまで食用動物に硫酸コリスチンが約半世紀に渡って使用されてきましたが、耐性率の大幅な変動は観察されておらず耐性菌の出現も限定的なものでした。

ところが、この状況を一変させたのが2015年に中国で報告されたプラスミド性コリスチン耐性遺伝子mcr-1の検出でした。その後瞬く間にmcr-1保有大腸菌が世界各国の食用動物や食肉、さらにはヒトから分離されるようになり、人類に対する脅威と言われるようになった次第です。日本でもすでにこのホームページでも紹介したように、2016年に低頻度ながら健康な豚から分離された大腸菌で検出されたことが報告され、また浮腫病や下痢由来の豚から分離された大腸菌で高頻度に検出されたことが報告されました。その後、国産あるいは輸入した食肉(豚肉や鶏肉)からも検出されています。さらにヒトからの分離報告も相次いでいます。ただし、現時点で多剤耐性グラム陰性菌からの検出報告はありません。

このような事態を受けて農林水産省の評価要請により内閣府食品安全委員会は、2017年1月に「家畜に使用する硫酸コリスチンに係る薬剤耐性に関する食品健康影響評価」結果を通知しました。大腸菌をハザードとして特定したところ、硫酸コリスチンを使用することによりハザードが選択され、ヒトに曝露されてヒト用のコリスチンの治療効果が減弱または喪失する可能性は否定できず、リスクの程度を中程度としました。これを受けて農林水産省は家畜に使用される硫酸コリスチンのリスク管理方針を示しました。その内容は、飼料添加物については、2018年7月(予定)に農家での使用禁止としました。また、動物用医薬品に関しては、継続使用を認めるものの、今回の措置の第二次選択薬として位置づけるというものでした。

これまでの動物用医薬品で第二次選択薬と位置付けられたのは、フルオロキノロン製剤、第三世代セファロスポリン製剤、15員環マクロライド製剤と、今回の硫酸コリスチンとなります。先に述べたようにわが国でも低頻度ながら食用動物、食肉、ヒトからもmcr-1保有大腸菌が検出されている状況にあり、この分離率が上昇するか、あるいはヒトからコリスチン耐性の多剤耐性グラム陰性菌が分離されれば、さらに規制が強化される可能性があります。したがって、獣医領域では重要な動物用医薬品としての硫酸コリスチンを今後も使用できるようにするために、その使用にあたっては通知文にもあるように慎重の上にも慎重を期すことが重要と考えます。世界的に硫酸コリスチンの規制強化の中、コリスチンを発見しコリスチン製剤の開発国であるわが国が、世界に身を以て範を示す責任があるのです。