質量分析による細菌の迅速同定法

掲載日:2018.03.05

最近、医学関連の学会に参加すると盛んに紹介されているものにマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI-TOF MS;Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight Mass Spectrometer)による細菌の迅速同定法があります。その簡便性や迅速性から、近い将来、ヒトの細菌学的な臨床検査の主流になると思われ(すでに大学を含め大手の病院の検査室に導入されています)、獣医学領域での応用も期待されます。そこで今回はMALDI-TOF MSによる細菌同定法について紹介したいと思います。

タンパク質などの分子の重さを計ることが質量分析で、未知の試料にどのようなタンパクがどのくらい含まれているかも知ることができます。実際には、試料をイオン化し、イオンを分離し、そしてイオンを検出することで分析できます。細菌の同定に使用される方法は、マトリックスという試薬と試料を混和しレーザーを照射することによりイオン化して、真空中のある一定の距離をイオンがどのくらいの時間で飛ぶかを計測して質量を求めるものです(図参照)。この技術の発端に成ったのは2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一先生(島津製作所)が開発した「生体高分子の質量分析法のための脱離イオン化法」の技術であり、この分野へ日本が大きく貢献したことになります。

細菌の同定への応用を見てみれば、細菌に由来したタンパク質成分は菌種によって特徴的であり、各種細菌のタンパク質の分子量情報のパターンから、わずか5分足らずで細菌の同定ができるというもので画期的な技術と言えます。ただ問題点としては装置が非常に高額であることや、菌種に関するデータが医学細菌学に偏っており、動物由来細菌や環境細菌などは現時点で同定できない菌種が多く含まれていることなどです。しかし、イヌの膿皮症の主な起因菌とされるStaphylococcus pseudintermediusは、これまで遺伝子検査でしか同定できなかったものが、最近、この方法で他の細菌と同じように同定できるようになりました。今後、さらに動物あるいは環境由来細菌の情報が集まることにより、医学以外での応用範囲は格段に増加するものと考えます。さらに臨床細菌学では必須の薬剤感受性試験ですが、MALDI-TOF MSでの応用研究も盛んに行われています。例えば、細菌の産生するβ-ラクタマーゼによるβ-ラクタム薬の分解物を検出することで間接的に薬剤耐性の有無を評価するなどです。まだ実用化段階ではないものの今後の応用が期待されます。

細菌の分類といえば、歴史的に集落の性状、細菌の染色所見や生化学的性状をもとに実施されてきました。その後、細胞壁の組成や脂質や脂肪酸の種類をもとに化学分類が加味され、さらにDNAのGC含量などを分類指標とされてきました。近年、16S rDNAの塩基配列に基づく分子進化学的な系統分類が主流になりました。そしてポストゲノム時代になり今回紹介した質量分析を用いた細菌タンパク質を用いた手法へと進化したことになります。

酪農学園大学では文部科学省の予算によりタンパク質の分析を目的に本機が導入されています。現在、相当古くなったのですが予約を取るのが大変は程、全学的に各種細菌の同定に利用されています。本機により教員はもとより学生や院生の研究が効率的になったものの、分離菌をグラム染色し、各種生化学性状を調べ、Bergey’s Manualと首っ丈で菌種を同定した者としては、細菌学教育としてこれで良いのかと悩むこともあります。時代が変わろうと細菌の同定は細菌学の基礎であり、形態や生化学性状を基本とすることに変わりがないように思います。基本的な古典技術と効率的な最新技術とをいかに教育するかが今後も悩むことになりそうです。

 

大楠清文:質量分析技術を利用した細菌の新しい同定法,モダンメディア 58(4):113-122,2012.

Hrabak J, et al., Carbapenemase activity detection by matrix-assisted laser desorption ionization-time of flight mass spectrometry, J Clin Minorobiol, 49(9):3222-3227, 2011.

 

 

MALDI-TOF MSによる細菌同定法の原理

(Croxatto A. et al.,: FEMS Microbiol Rev, 36(2):380-407, 2012.)