狂犬病を発症した患者の奇跡の生還

掲載日:2018.01.31

狂犬病は狂犬病ウイルスに感染したイヌの唾液から主に咬傷により感染する致死性の高い人獣共通感染症です。ヒトを含め哺乳類すべてが感染し、発症すればほぼ100%死亡すると言われています。毎年世界中で約5万人の死者を出しており、その多くはアフリカとアジアです。日本では江戸時代に最初の流行があって以来、多くの流行が記録されています。しかし、1950年に制定された狂犬病予防法により飼いイヌの登録とワクチン接種、徹底した野犬の駆除により、世界的にも稀有な狂犬病の無い国になりました。この世界的な偉業に獣医師と良質な国産ワクチンが果たした役割は非常に大きいものでした。

このようにヒトが発症すると回復が極めて困難な感染症ですが、今般、14歳のブラジルの少年が狂犬病から生還したとのニュースが報道されました(2018/ 1/11,時事通信)。この治療に使用されたのがミルウォーキー・プロトコル(MP)というものでした。そこで今回はMPについて解説したいと思います。MPはヒトの狂犬病治療における実験的な処置方法で、これまで50名以上に実施され6名が回復したと報告されています。2004年9月にアメリカの高校生Jがコウモリに咬まれて狂犬病を発症しました。そこで治療にあたったウイスコンシン小児病院のウイロビー医師は、狂犬病患者の脳はウイルスが分離されるものの正常であること、さらにICUで数週間生き延びた患者からウイルスが分離されないことを基に、患者を薬で昏睡状態に誘導し、ウイルスを殺すために抗ウイルス剤(リバビリンとアマンタジン)を投与しました。その後、患者の免疫系が活性化し、抗ウイルス剤と免疫系でウイルスを駆逐しました。約1ヶ月後にウイルスは検出されず脳障害も低度で、リハビリテーションを受け2005年1月に退院するに至りました。この時に要した治療費は約80万ドルと言われています。このように致死性の高い狂犬病から生還した理由は明確ではないのですが、感染したウイルスの病原性が弱かったのではないかとか、咬傷部位が脳から離れた部位であったためとか、Jの免疫系が並はずれて強かったなどの可能性が考えられています。いずれにしても生還したことは事実ですし、今回のブラジルでの事例でもMPの有効性が確認されたものと思われます。因みにJは将来、獣医師になるために勉強中とのことです。

今回は狂犬病に感染し発症したにも関わらず回復した事例を紹介しました。しかし、MPを実施しても回復例は必ずしも多いものでないことから、従来通り狂犬病の予防対策が最も重要と考えます。日本のように狂犬病の無い国は極めて稀であり、海外旅行をする場合は常に狂犬病のことを念頭に行動することが求められます。海外ではむやみにイヌやネコ、それに野生動物に接触しないことなどです。2006年に60代の日本人男性2名がフィリピン滞在中にイヌに咬まれたことが原因で帰国後に狂犬病を発症し、2人とも死亡しています。最初、風邪が治らないとの理由で受診したようですので、イヌに咬まれたにも関わらず狂犬病の認識はなかったようです。一方、イヌを飼育されている方は、狂犬病予防法を遵守し毎年のワクチン接種を励行する必要があります。現在、日本では狂犬病がないとの理由でワクチンを接種しない方が多く見受けられます。WHOは狂犬病の流行を防ぐためにイヌのワクチン接種率を70%にすることを求めています。しかし、残念ながら日本は大きく下回っている状況です。日本と同じく長年狂犬病の無い国に台湾がありましたが、2013年に野生動物が狂犬病ウイルスに感染し急速に拡大し、イヌへの感染も確認されました。このような事例を教訓にイヌへのワクチン接種を励行し、動物の健康を守るとともにヒトの健康を守っていきたいと思います。日本が世界的にも類を見ない狂犬病対策の金字塔をこれからも維持したいと願っています。

山内一也:狂犬病を発病した患者の最初の回復例,人獣共通感染症連続講座第176回,http://www.primate.sakura.ne.jp/old/PF/yamanouchi/176.html