テトラサイクリンによる犬糸状虫の治療

掲載日:2017.12.12

1928年にスコットランドの細菌学者であったフレミングは偶然の出来事から世界初の抗生物質であるペニシリンを発見しました。その後、ペニシリンは細菌感染症に有用な治療薬になることが明らかにされました。ペニシリン以後も多くの抗生物質や合成抗菌薬が開発され、細菌感染症治療の切り札として盛んに利用されていることはご承知の通りです。今回、この抗生物質を寄生虫病の治療に応用するという事例を紹介したいと思います。

犬糸状虫症は、蚊の媒介によりフィラリアの一種である寄生虫(Dirofilaria immitis)が犬の肺動脈や心臓に寄生して、血液の慢性的な循環障害や呼吸器の症状を示す犬の重要な寄生虫病です。従来、媒介する蚊が生息する北海道を除く本州以南では、犬は勿論こと飼い主を悩ませる重要疾患でした。治療には毒性の強いヒ素剤で成虫を殺すか、外科的に虫体を摘出するだけで、犬に対する負担も非常に大きなものでした。ところが先にノーベル賞を受賞した大村智先生(北里大学)の発見したマクロライド系抗生物質であるイベルメクチンの登場により、本病の画期的な予防法が確立したため、その認識が薄れていることも事実です。しかし、世界的に見ればまだまだ犬の重要な寄生虫病であることは間違いありませんし、人にも感染する人獣共通感染症でもあるのです。イベルメクチンに関しては別の機会に紹介するとして、今回は犬糸状虫症の治療薬としてのテトラサイクリンの応用例の話しです。

テトラサイクリンは微生物の産生する抗生物質の一種で、細菌をはじめ微生物の一種であるリケッチアやクラミジアに対して発育を抑制(静菌的作用)することで治療効果を示します。この系統の抗生物質にはテトラサイクリンをはじめ、ドキシサイクリン、ミノサイクリンといった成分が知られています。ではなぜ抗生物質であるテトラサイクリンが犬糸状虫症に有効なのでしょうか?これには寄生虫と細菌との共生関係を知る必要があります。

犬の糸状虫には、ボルバキア(Wolbachia pipientis)というリケッチアが高頻度で共生していることが知られています。これらは静かに共生していれば何の問題もないのですが、ボルバキアは宿主の生殖システムを自身の生存に都合の良いように変化させる能力を持っています。例えばボルバキアが共生するオスの節足動物を殺し、メスは生き延び繁殖に貢献しているなどです。また、宿主を単為生殖(メスが単独で子を作ること)させることにより、生殖にオスは不要となり、ボルバキアにとって有利となるのです。犬糸状虫にボルバキアがいなくなると生存できなくなるか、あるいは生殖不能となることが知られています。ボルバキアの除去により、犬の体内に居る糸状虫が駆逐されることになるのです。したがって、リケッチアに有効なテトラサイクリンを使うことにより寄生虫体内のボルバキアが駆逐され犬糸状虫症の治療ができるのです。

細菌感染症の切り札として盛んに利用されてきた抗生物質ですが、イベルメクチンといい、テトラサイクリンといい、寄生虫病の治療や予防にも利用できることが明らかになってきました。また抗生物質は抗腫瘍薬としてがんの治療にも利用されることを考えると、抗生物質が二十世紀の最大の発明品といわれることも理解できるような気がします。

 

北川 均,佐々木栄英,西坂直仁,鬼頭克也:犬糸状虫症,日本獣医師会誌 67;597-602,2014.