細菌は会話する?

掲載日:2017.12.05

前回、薬剤感受性試験で抗菌力を示さない抗菌薬が感染症治療に有効な事例を紹介しました。今回は別の事例について紹介したいと思います。緑膿菌は環境に広く生息する細菌で人が慢性鼻炎により鼻汁が緑色になったり、わんぱく小僧の青っぱなも緑膿菌の産生する色素によるものです。このような日頃は私たちの周りに普通に生息する緑膿菌ですが、ガンなどにより免疫力の低下した人や動物に重篤な感染症を起こすことが知られています。特に人で慢性の呼吸器感染症である「びまん性汎細気管支炎」や「嚢胞性線維症」で緑膿菌が感染すると生存率が極めて低くなることが知られています。この緑膿菌はそもそも強い抗菌薬抵抗性を持つことが知られており、先に述べた慢性呼吸器感染症では有効な抗菌薬がほとんどなくステロイド剤の投与位しか治療法がありませんでした。ステロイド剤で症状は改善するものの再発し、極めて難治性の感染症でした。

あるとき日本の開業医の方が人でも動物でも使用されるエリスロマイシンというマクロライド系抗生物質を通常の半量を長期間投与することで緑膿菌による慢性呼吸器感染症が完治することを明らかにしました。使用したエリスロマイシンは薬剤感受性試験で緑膿菌に対してほとんど抗菌力を示さないことは医師や獣医師であれば周知のことでしたので、まさに常識はずれの治療法だったことになります。

話しは変わりますが、細菌が生き抜くためには環境中の栄養素や温度などの変化に抵抗し、生体内でも増殖するような病原因子の発現が必要となります。例えば抗体や抗菌性物質や白血球に抵抗する機構です。したがって、細菌は自身の存在環境における密度を的確に感知し、その濃度変化に応じて病原遺伝子の発現を巧妙に制御しているのです。最近、細菌は産生するホルモン様物質(Autoinducer:AI)により情報を伝達していることが分かってきました。これはクオラムセンシング(Quorum-sensing)と呼ばれています。Quorumとは、会議などの成立に必要な「定足数」を表し、生体内で細菌が自らの数が優位になったことを感知し、病原因子の発現を一斉に開始するシステムです。患部に感染する細菌が一斉に病原因子を発現することで、自らの生体での増殖を容易にするのです。

ではなぜ緑膿菌感染症にエリスロマイシンが有効であったのでしょうか?緑膿菌のクオラムセンシング機構は、I-遺伝子、R-遺伝子、標的遺伝子から構成されます。I-遺伝子から合成されたAIはホモセリンラクトン(HSL)と呼ばれ、細菌の膜を自由に通過できます。緑膿菌の増殖により菌体外のHSLの濃度が高まり、R-遺伝子産物(R-蛋白)との結合が加速します。この複合体(AI/R-蛋白複合体)が標的遺伝子に作用して病原因子の発現を促進するのです。この時、治療に使われたエリスロマイシンは緑膿菌のAIの産生を抑制することが知られています。つまり、緑膿菌は生きていますが、病原因子を発現することがないために重篤化されないのです。我われの皮膚や腸管に生息する常在細菌叢とまさに同じように振る舞うのです。病原性を発現しない緑膿菌は寿命により死滅したり、食細胞により排除されるのです。したがって、AIは細菌が発する言葉に相当するものであり、近隣の細菌同志が会話しているのです。同じ細菌同志であれば言わば日本語に相当するものですが、他菌種間でも会話していることが明らかにされており、英語などの公用語に相当する分子も知られています。

これまでの発想では、抗菌薬により病原細菌を死滅させるか、増殖を抑制することを指標に新規の抗菌薬を開発してきました。しかし、このような抗菌薬では耐性菌の出現という重い問題も内在しています。そこでクオラムセンシング機構を標的として、細菌は死なないものの病原性を発揮することなく、人や動物と共生するような抗微生物薬の開発が進められています。

舘田一博ら,日本細菌学会誌 59(4):543-549,2004.