薬剤感受性試験結果の矛盾

掲載日:2017.11.28

獣医師が感染症に罹った動物を診療する時、様々な臨床検査を行い、まず病気を診断します。その過程で感染症を疑えば、時に患部から材料を採取し細菌検査に回します。多くは臨床検査会社に依頼し、自分で検査を行う場合もあります。細菌検査では起因菌を分離し、菌種を同定します。その後に行うのが薬剤感受性試験になります。この試験で起因菌に対して抗菌力を示す抗菌薬の中から、患部への移行性が良く、効果が高いと思われる抗菌薬を選択し、動物に投与することになります。しかし、しばしば試験で抗菌力があっても無効である場合もあり、逆に抗菌力がなくても有効に作用する場合もあります。ここが獣医師にとっての腕の見せ所となるのです。抗菌薬に対する知識や臨床経験が深く関連します。今回は抗菌力が無くても有効に作用した薬の話をしたいと思います。

豚の細菌感染症で委縮性鼻炎(AR)といって通称“鼻曲り”という感染症があります。細菌の産生する毒素によって若い豚の鼻甲介骨の形成を阻害するのです。死亡することはありませんが、呼吸が不十分で成長が著しく悪くなり経済的な損失が大きい感染症です。この主な原因菌にボルデテラ菌(Bordetella bronchiseptica)があります。この菌の外側の表層構造に莢膜といって細菌をすっぽり包むこむ膜があります。この莢膜がある菌をⅠ相菌といい、無くなったものをⅢ相菌と呼びます。中間がⅡ相菌です。菌に莢膜があれば鼻甲介骨に付着して増殖し、毒素を産生することによって骨の形成を阻害することになります。したがって、Ⅰ相菌が強毒株となるのです。Ⅲ相菌は定着できないため病気をおこすことはありません。

このARの治療に用いられる抗菌薬にサルファ剤であるsulfamonomethoxine(SMMX)があります。しかし、ARから分離されるボルデテラ菌はSMMXに対して薬剤感受性試験を実施すると耐性を示す株が殆どです。通常では抗菌力がないと判断され、治療薬として選択しないはずです。ところが今でもARに対してSMMXに治療効果があるといわれ販売が継続されているのです。そこで立ち上がったのは製造・販売会社の研究員であったK先生でした。よくよく調べてみるとSMMXはボルデテラ菌のⅠ相菌からⅢ相菌に、つまり強毒菌から弱毒菌を誘導していることが分かったのです。したがって、薬剤感受性試験は抗菌薬の選定における最も有用な方法であるものの、必ずしも臨床効果を完全に示したものでないのです。あくまで薬剤感受性試験は試験管内で抗菌薬と試験菌を直接接触させた結果であり、生体でのさまざまな出来事を忠実に反映していないと考えるべきです。その後、K先生はサルファ剤のどの構造が変異を誘導するかを明らかにし、学位論文としたそうです。なお、この研究はSMMX製剤を製造・販売している企業の研究者が実施したもので、企業で研究するには当然ながら制限があり、それを越えて素晴らしい成果をあげたことに敬意を表したいと思います。後年、この業績でK先生は社長賞を授与されたとのことでした。

Kuwano A: Inhibitory effect of sulfamonomethoxine on capsule formation of Bordetella bronchiseptica. Zentrabl Veterinarmed B., 1991 Nov, 38(9)685-688.